セイレーン

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 真理愛(まりあ)は泣いていた。先日、下校途中に男に連れ去られた。ここ最近、この辺りでは不審者の情報がよくあるから、注意しなさいと言われていた矢先だ。まさか、自分が狙われるとは。誰かと帰っていればよかった。そんな時に、誰かが助けてくれればよかったのに。だが、捕まってしまった。  その男、健樹(けんき)はいつものようにインターネットをしていた。毎日そんな日々だ。全く仕事をしていない。ハローワークに行くなどして、就職活動をしようとしない。ただ、インターネットをする日々だ。両親のお金を食いつぶして、すねをかじるだけの生活。それが最高だと思っていた。  そして、健樹のもう1つの好きな事が、好きな女をさらって、一緒に暮らす事だ。だが、怪しまれるといけないので、騒いだら殺すようにしている。これまでに何人かの女を殺してきた。今度こそはこんな事にならなければいいのに。今度さらってきた女も抵抗している。 「お願い! おうちに返して!」  だが、健樹は怖い表情になった。今回も態度が悪い。 「ダメだ! これから俺と一緒に生きるんだ」 「やだ!」  だが、真理愛は認めない。もっと優しい人と一緒にいたい。こんな男と一緒にいたくない。 「くそっ・・・。こうなったら・・・」  健樹は腹が立った。今回も殺して黙らせないと。そして、新しい子を連れてこないと。健樹は机の上にあるナイフを手に取り、真理愛をめった刺しにした。真理愛は抵抗できずに、刺され続けた。 「ギャーーーー!」  真理愛は叫んだ。だが、健樹は刺し続ける。健樹は怒っていた。素直にいればいいのに。どうしてこんなに騒ぐんだ。  程なくして、真理愛は死んだ。健樹は拳を握り締めている。どうして俺が連れてきた子はこんな子ばかりなのか。 「はぁ・・・。もっと過ごしたかったのにな・・・」  このままでは近隣住民に迷惑だ。早く片付けないと。 「まぁいいか。捨てよう」  健樹は黒いビニール袋を取り出し、真理愛の死体を包んだ。死んだら袋に包んで、山奥に捨てるのが普通だ。  健樹は深夜、ビニール袋を持って外に出た。これから車に乗って、山奥に行く。死体を捨てるためだ。何度これをした事やら。もうしたくないのに。証拠を隠滅しなければならない。  健樹は深夜の山奥を走っていた。この辺りは全くと言っていいほど車が走っていない。死体を捨てるには絶好の場所だ。ここなら誰にも気づかれないだろう。  しばらく走って、健樹は陶原中腹にあるヘアピンカーブにやって来た。ここの谷底に捨てれば、大丈夫だろう。  健樹はビニール袋を取り出し、谷底に捨てた。ビニール袋は夜の闇に消えていき、落ちていく音が全く聞こえなくなった。 「これで大丈夫だろう」  健樹はため息をつき、車に乗り、その場を離れた。その様子を見た者は、誰もいなかったという。  翌日、谷底の川辺で、1人の釣り人が釣りをしていた。釣り人は救命胴衣を見につけて、備えは十分だ。今日は休日だ。思いっきり釣りを楽しもう。  と、釣り人はある物を見つけた。それは、黒いビニール袋に入った何かだ。中身はわからない。だが、血の匂いがする。まさか、死体だろうか?   釣り人は中身を開けた。するとそこには、少女の死体が入っていた。 「こ、これは!」  釣り人は知っていた。先日、行方不明になった真理愛じゃないかな? 釣り人は直ちに警察に通報した。  その頃、真理愛の両親は家にいた。寝ても覚めても考えているのは、真理愛の事だけだ。どうか無事に帰ってきてほしい。そして、その両手で抱きしめたい。だが、本当にかなうんだろうか? 日が経つごとに、絶望が大きくなっていく。  突然、電話が鳴った。警察からだろうか? 真理愛の母は、受話器を取った。警察からだ。 「えっ、真理愛の死体が見つかったんですか?」 「はい・・・。それらしき死体が・・・」  それを聞いて、母は言葉を失った。無事でいてほしかったのに。  両親は数時間かけて、現場の近くにある警察にやって来た。2人とも、悲しみに暮れている。そんなの、現実じゃない。どうして真理愛がこんな目に遭わなければならないんだろう。 「こちらでございます」 「こ、これは・・・」  母はその死体を見た。かなり顔が変形しているが、真理愛だ。 「真理愛ーーーー!」 「信じられん・・・」  母は泣き崩れた。もう真理愛に会えない。そう思うと、涙が止まらない。 「あの子、歌が好きだったのに。この子の歌声、素晴らしかったのに・・・」 「大丈夫?」  父は母の肩を叩いた。だが、泣き止まない。 「そっとしておきましょう・・・」 「真理愛・・・」  真理愛の事を考えると、父も涙を流してしまった。どうしてこんな事で死ななければならないんだろう。あまりにもひどすぎるよ。  帰りの車の中で、母は寝ていた。あまりにも疲れたのだろう。今はそっとしてやろう。きっといつかは立ち直るだろう。  その頃、母は夢を見ていた。母は辺りを見渡した。そこは天国だ。雲の上にいる。どういう事だろう。 「お母さん・・・」 「真理愛?」  真理愛の声がして、母は振り返った。そこには真理愛がいる。真理愛の背中には羽が生えている。天使になったんだろうか? 「お母さん・・・。ごめんねお母さん・・・。本当につらかった・・・。こんなに早く行っちゃって、ごめんね・・・」  真理愛は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。もっと生きたかったのに。もっと両親と一緒にいたかったのに。こんな事になってしまって。 「いいのよ。だって、あなたが悪いんじゃないのよ」 「そうね」  だが、母は許した。だって、あなたが悪いわけじゃないから。  すると、真理愛は『アヴェ・マリア』を歌い出した。本当に美しい歌声だ。ほれぼれしてしまう。母はうっとりしていた。 「本当に美しい歌声ね」 「ありがとう・・・」  いつの間にか、母は涙を流していた。だが、夢の中でしか会えない。それを知ると、とてもさみしい。 「これからも、夢の中で会えるね」 「うん」  母は目を開けた。帰りの車の中だ。父が運転している。母が目を開けると、父が反応した。 「どうしたの?」 「夢の中で、真理愛と再会したの」  父は驚いた。まさか、夢の中で真理愛と再会したとは。元気だったんだろうか? 「そっか。きっと、夢の中でも会えるさ」 「そうね。だけど、この世でもっと会いたかったわ」 「そうだね」  両親は前を向いていた。その先には、虹が見える。そこをたどれば、真理愛がいるんだろうか? そう思うと、少し元気が出てきた。だけど、もっとこの世界で生きてほしかったな。  その夜、健樹はいつものようにネットサーフィンをしていた。遺体は見つかったというが、誰がやったという証拠は見つかっていない。いつものように証拠隠滅は完璧だ。 「はぁ・・・。見つかったか・・・。でも大丈夫だ。証拠は見つからないだろう」  健樹は安心した。眠いから今日は寝よう。健樹はパソコンを切って、部屋の電気を消して、ベッドに寝入った。 「寝よっと・・・」  健樹は目を閉じて、程なく寝入った。また明日、ネットサーフィンでもしよっと。  健樹が目を開けると、そこは船の上だ。どうして船の上なんだろう。健樹は首をかしげた。船はひとりでに動いている。舵は勝手に動いている。まさか、幽霊船だろうか? 「あれっ、ここは船の上? なんで俺が船に?」  その時、目の前に島が現れた。今さっきはなかったのに。幻だろうか? 「えっ、な、何だあれ・・・」  と、そこから美しい歌声が聞こえてきた。『アヴェ・マリア』だ。思わず聞き入ってしまうほどの歌声だ。 「美しい歌声だなー」  よく見ると、人魚が歌っている。その人魚は、昨夜殺した女にそっくりだ。  と、健樹は聞いているうちに、眠たくなってきた。どうしてだろう。 「なんか眠たくなってきた・・・」  と、健樹は大きな音に気が付き、振り向いた。大津波が襲い掛かってくる。健樹は驚いた。 「つ、津波? 逃げろないと!」  だがその時、何尾もの人魚がやって来て、船を沈めようとする。 「な、何をする!」  そして、歌を歌っていた女がやって来て、健樹を抱きしめた。逃げようとしたが、逃げられない。まさか、仕返しだろうか? 「やめろ! 離せ!」  程なくして、大津波が襲い掛かってきて、健樹は大津波に飲まれた。 「うわぁぁぁぁぁぁ!」  そして、健樹は大津波に飲まれ、死んだ。それは夢の話だが、実際の健樹は、その瞬間、心臓発作で死んだという。  心臓発作で死んだ健樹を、1人の女が眺めている。それは、セイレーンと化した真理愛だった。
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