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一緒に夕食を食べていると、美夜の首が突然半回転し、顔の位置が裏表逆の状態になった。背中の上に顔が乗っているような感じだ。
「あらら、完全に壊れちゃった」
面倒そうに溜息をつく美夜をみて、僕も溜息をつきたくなる。
「あー、だから早く治せって言ったのに……。結構前から顎から首らへんが変だって言ってたよな。どうするのそれ、不便だろ」
美夜は真っ黒な艶髪を揺らしながら、軽く肩を窄めた。顔は見えないけれど、後頭部だけでわかる。お説教はたくさん、とでも言いたいのだろう。
「いいわよ、そろそろ“引越し”しようと思ってたし。このボディーも飽きてきた頃合いだったんだもの、ちょうどいいわ」
確かに、美夜が今の身体になってから、すでに20年ほどは経過している。そろそろ替え時かもしれない。
「確かにそろそろか。まあ、貯金もあるしな」
「そうよ、それにもとからこの身体、ガタが来てたんだわ。腕とかたまに、思った方向と逆に曲がるし」
そう言われてみると、確かに、何度か言われもないタイミングで、美夜から裏拳を食らっていたな、と思い出す。痛覚などないといえ、あれは理不尽な暴力だと思っていたが、なるほど、ボディーにガタが来ていたのか。
「次はどんなボディーにしようかしら……。ベリーショートが似合うようなスレンダーでボーイッシュな身体に憧れがあるんだけど、純ちゃんはどう思う? やっぱり今みたいな清楚系の方がお好き?」
「別に、美夜だったらなんでもいいと思うよ。なんでも好きだ」
美夜は100年来の僕の彼女だ。今更、見た目でどうこう思うことはない。
「もう、適当なんだから」
美夜はおそらく、顔を膨らませているだろう。相変わらず後頭部しか見えないが。しかし、嬉しそうでもある。照れているのだ。可愛い彼女だと思う。
そもそも、今の時代、美夜のように自分の容姿を気にするような人間は稀なのだ。身体は仮の入れ物だと考える人がほとんどで、身体を持っていたとしても、最低限の機能を持つ量産タイプを選ぶことが多いと聞く。嵩張る身体を嫌い、インターネット上に精神のみ存在することを選ぶ人も多くなってきたようだ。
と言っても美夜のような人もいるはいるようで、自由自在にボディーをカスタマイズできる店はいくつかあるが。
僕はというと、あまりこだわりがないので、ボディーは元の身体と全く同じ作りにしてもらっている。
「明日、“身体の引越し屋さん“に行ってくるわ。純ちゃん、送り迎えよろしくね」
「はいはい」
なにせ顔が裏表逆になってるから行きは助けが必要だろうが、完全自動の空中自動車に乗っていくのだ、帰りの迎えは必要ないだろう。しかし美夜はいつも僕の迎えを望むし、僕もそれを断らないのだ。
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