永久えの彼女

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「ご無沙汰しております、美夜さん。相変わらずお美しい。純さんも、前回のメンテナスぶりですかな? お変わりなくてなくてなにより」  美夜を例の“身体の引越し屋さん“に連れていくと、老年の店主が僕らを向かい入れた。老年、と言っても僕らに老若の概念はもはやない。老年の男性のボディーを持つ店主は、半世紀以上も全く変わらない姿で僕たちを向かい入れる。 「今日はお二人とも、身体のお引越しでお間違えないですかな?」 「いや、引っ越すのは美夜だけで、僕はただの足です。美夜をよろしくお願いします」 「失礼致しました。では美夜さんは、まずこちらでパーツをお選びください。純さん、美夜さんのお引越しが終わりましたら、ご連絡差し上げますから」  美夜は店主に連れられて奥の部屋に行ってしまったので、僕はなんとなく手持ちぶたさで店内を眺める。どうせ、美夜の“お引越し“は時間がかかるのだからすぐに帰って仕舞えば良いのだが、滅多に来れる場所でもないので、なんとなくすぐに店を出てしまうのは憚られるのだ。  何かの液体に全身を漬けられた“人間の身体“が僕を囲んでいる。これらは最も一般的に利用されているプロトタイプのボディーで、これらを基準にパーツを選んで僕らは新しい身体を得るのだ。  僕がこの店に来たのはおそらく10年ぶりほどだが、毎回驚くほどここは変わらない。いや、おそらくボディー加工技術は、昨今は斜陽産業と呼ばれはするが、進歩しているはずである。しかし商品の品質は変われど、この店の内装は全く変わらない。同じく変わらない店主と、半世紀以上僕らを向かい入れ続けた。まるでここだけ時が止まっているみたいだ。世界はこんなにも変わり続けているのに。  300年前ではあり得なかった、現実世界と全く変わらない電子世界へ移住する技術も、全自動で空を飛ぶ車も、僕らにとっては紛れもない現実で、日常だ。  23XX年、僕らは永遠に存在しようとしていた。  成長も老化もしない、もちろん病気にもならないし、事故にあって身体が傷ついても“中身“さえ無事であれば、死ぬことはない。メンテナンスさえ怠らなければ、まったく変わらない姿でほとんど永久に生きていられる。  ここ2〜30年ではさらに、精神をインターネット上にアップロードし、電子世界に移り住む技術が進歩して、人間はこの世界に実態として存在しなくなりつつある。  僕は、美夜とずっと一緒にいれるなら、電子世界に住んでも良いと思っているのだが、美夜は人間の身体で生活するのが好きらしい。だから僕と美夜は人間の身体で形ばかりの食事をとるし、形ばかりの睡眠をするし、形ばかりの排泄さえもする。本当はそのどれもが、僕らには不必要なものなのに。僕は美夜と一緒に入れさえすればいいので、全く構わないのだが。  僕らみたいに、誰かと共に生きている人も、今となっては少ない。顔を合わせなくても、インターネットでなんでも済ませられる時代だし、みんな一人きりの世界を自由に生きている。  僕らはそんなたった二人きりのユートピアを、100年以上生き続けているのだ。
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