永久えの彼女

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 家で電子世界に潜り仕事をしていると、なんとなく震える感覚がした。“例の引越し屋”の店主からの連絡だ、とわかる。  僕は未だにそれを、どのように表現すればいいかわからない。震える感覚、というのも違う気がするが、僕の語彙力で捻り出せるなかでは一番近い気はしている。  かつては板状の端末で他者ととの連絡をとったり情報収集をしたりしていたようだが、今となっては連絡も情報収集も、僕らの“内部“で事足りる。  店主の連絡に応答しようと思うと、店主の姿が目の前に現れる。が、どうやら明らかにいつもと様子が違う。  いつも緩やかに動くことのない眉を垂らして、困ったような顔をしている。この店主との付き合いは細々ながら半世紀以上になるが、このような顔をしているのは初めて見る。 『純さん、お疲れのところ申し訳ありませんが、すぐに来ていただけますか? 美夜さんの様子がおかしくて……』  その言葉を聞いて、僕はすぐに電子世界とのコネクトを切り、家を飛び出した。こういうとき、生身の身体は不便だ。電子世界上だったら、どこへだって一瞬で行けるのに。  空中自動車にできるだけ早く運転するように指示する。  気が逸る。以前どこかで、“身体の引越し”に失敗して、精神に重要な異常を来した人がいる、と聞いたことを思い出す。そのときは都市伝説だと思って笑い飛ばした。大昔ならともかく、今は“身体の引越し”の安全性は確立されているはずだ。しかし、万が一ということがあったら?  もし美夜が居なくなったら、僕は……。  いくら気を揉んでも、全自動で動く空中自動車は交通規定上これ以上は速く走れない。やっと例の店に到着したときには、いつもよりも随分と時間がかかったような気にさえなっていた。  店の中に走り込む。僕らは走っても息が切れないどころか、汗の一滴もかかない。 「すみません、美夜は……!」  美夜と店主は店に入ってすぐにある机に座っていた。美夜は前に言っていた通り、ショートカットで背が高くなっていた。  店主は僕の姿を認めると、ほっとしたように頬を緩ませた。 「純さん、急にお呼びしてすみません、美夜さんが……」  店主がここで黙る。美夜が店主が話し終えるのを待たずに、僕に駆け寄ったからだ。しかし、いつもと様子が違う。いつもは見た目が全く変わっても美夜だってわかるのに、なんだか美夜じゃないみたいなのだ。 「……純?」  僕は息を呑むことしかできなかった。美夜が僕のことを呼び捨てで呼ぶのは、半世紀以上ぶりのことだった。
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