永久えの彼女

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 僕は眠る美夜を眺めながら、深い溜息をついた。  あまりに率直な僕の説明を聞いて、結論から言うと、美夜は気絶した。  初め、美夜は笑っていたのだ。エイプリルフールは今日じゃないわよ、なんて言って。僕はエイプリルフールなんて単語は久々に聞いたな、と思いながら、僕の言葉を冗談としてしか受け取ろうとしない美夜への説明に苦労させられていた。  平行線の攻防が続くなか、店主が電子鏡を持ってきた。美夜はそれを見たのだ。  そこに映った姿は、かつての美夜とは似ても似つかぬ女だった。骨格からパーツまで、全くの別人の身体が自分のコントロール化に置かれている様を見て、美夜は静かに気を失った。  僕や店主は焦らなかった。僕らの思考器官は、激しい感情や混乱が起こりコントロール不可な状態に陥ると、自動で一度意識を落とすようになっている。本体の意識を落として感情の動きを一度度外して、思考器官を“状況の理解”にのみ費やすことで、再び本体の意識が浮上するころには、物事の認識が正確に行われている。僕らはこれを“リロード”と呼んでいる。  だから意識が戻るころ、美夜の“中身”はこの世界のことや、自分の記憶が失われていることを正確に理解できているはずだ。  それを待つ間に、僕はひとまず美夜を家に連れて帰ることにした。  そうして美夜をベッドに寝かせてから、丸一日経っていた。丸一日、美夜は眠り続けたのだ。  その間、僕は一睡もせずに美夜の覚醒を待った。もとより、僕らに睡眠は必要ないのだ。  焦燥感が募る。“リロード”にこんな時間がかかるのは初めてだし、聞いたことがない。 「美夜……」  早く起きろ、と美夜の頬を人なでしたときだった。美夜の眼が急に開いた。  そのまま彼女は上体を起こし、僕の目をまっすぐ見た。  僕はなぜか美夜の開いた眼が怖くて、目を逸らしてしまった。 「純……、私は、とっくに、『島崎美夜』では無くなってしまったのね」  僕は何も言えなかった。目の前の彼女は何を言っているのだろうか、と思った。  確かに、「島崎」は美夜の苗字だったことを思い出す。苗字なんて、この世界では使う機会がないのだ。  そのことを暗に言っているのかとも思った。 「美夜、何言って……」  美夜は見開いた目を、ゆっくりと瞬きした。その瞳はたしかに、絶望を映し出していた。  彼女は長い“リロード”の末、何かを導き出していた。
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