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一ヶ月の月日が経っていた。
美夜は100年前ではあり得ない世界の姿を見るたびに、何度も“リロード”を繰り返した。何度も何度も眠りに落ちて、覚醒するたびにその瞳の映し出す絶望の色は深くなっていった。
もはや美夜の“中身”は僕以上にこと世界のことを知りつつあった。
思考器官の混乱が起こらなければ、“リロード”は起こらない。僕はこの世界のあり方になんの疑問も持たずに生きている。僕も、記憶を失う前の美夜も、思考停止していたのだ。
でも僕は、それでよかったのに。
何も知らないでいても、美夜と一緒に生きていけさえすれば、それで。
僕は美夜が“リロード”を繰り返すたびに、焦燥に似た苛立ちを感じていた。彼女が“知っていく”のが怖かった。ずっとこのままでいたいのに。
決して表に出さないでいたかったのに、ゆっくりと膨れ上がった苛立ちの感情はある日唐突に僕の身体を突き破って外に出た。
何度目かの覚醒をした美夜の瞳は、もはや絶望の色で真っ黒だった。美夜は何も言わなかった。何も言えないの、と言うように口を閉ざした。
それを見て、僕の中の何かが破裂したような感覚がした。
「なんだ、なんだよ……! なんの意味があるんだ、それに……っ! もうやめてくれよ、頼むから」
口から飛び出した怒鳴り声は、空間に響いて消えたが、飛び出した事実は消えてくれなかった。
美夜が僕を見る。驚くわけでも怒るわけでもなく、僕を見る。
僕は堪らない気持ちになった。記憶を失う前の美夜は、こんな無機質な顔はしなかった。
「美夜……、お願いだから、美夜。何も考えるなよ、なあ。……このままでいよう?」
情けなくすがる声が美夜を絡めろうとする。美夜は顔を顰めて、眉を下げて僕を見た。
「ごめんなさい純……、私はもう、気がつかないふりはできないの。ねえ、純はおかしいとは思わないの? こんな世界」
諭すような美夜の言葉に、僕は必死で首を振る。頼むから、やめてくれよ。
「永遠なんて、生き物の理に反している……、どうしてかつての私は気がつかなかったんだろう。私たちは、人間なんかじゃなくなっちゃったのよ……」
美夜の声はどこか空虚に、部屋の中に響いた。僕は嗚咽を漏らして、彼女の声を消し去りたかった。彼女が“知ってしまった”ことも、消し去りたかった。
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