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カケルの声は震えていた。
いくら息子でも、今はカケルの方を見ないほうがいいかもしれない。……そう思った私は、真っ直ぐ天井を向き直した。
「……母さんが、目を覚ましてくれて、本当に…よかった……」
「うんうん、お母さんもカケルがちゃんとした大人になるまでは死ねないもんね!」
そう答える私も、実はカケルのことを気に掛ける余裕も無い位に感極まって、溢れる涙を堪えていた。
静かな病室で、しばらく二人共、それぞれ違う方を向いて泣いていたと思う。
揃って不器用な私達親子は、これからでもやり直せるかな…?
一ヶ月後、晴れて私は退院し、家に帰って来ることができた。
相変わらず忙しい夫は家事に手が回らず、男二人しかいない家は想像通り散らかっていた。
けれど、苦手ながらも畳まれた服が重ねられていたり、食器棚にはいびつな並びで皿が置かれていたり、カケルの頑張りが所々垣間見える。片手を骨折していながら、よくここまでできたと心の底から感心した。
「母さんごめん、あの日事故ったから試験受けられなくて、来週追試になった」
申し訳無さそうに、カケルが報告してくるので、私は笑顔でこう返す。
「生きてさえいれば、何とかなるよ。追試頑張ろう」
一度死を覚悟したせいか、私も大抵のことに対しては広い目で見られるようになった。
少しずつだが、カケルとの距離も元通りになりつつある。“難しい子”“変わった子”のレッテルを貼り、先に離れてしまったのは私の方だったのかもしれない。
子育てに正解はない。躓き、立ち上がり学んで親子共々成長していくのだと誰かから聞いたことがある。
けれど、私は特に駄目な母親の部類だったと思う。
今回の件が無ければ、今もすれ違ったままだったのかな、と思うと心が苦しくなる。
ふと、どうすればいいか分からなくなったとき、先が見えなくて辛いときには、あの歌を口ずさむことにしている。
始まりの、希望に満ち溢れた心を思い出し、前を向いて歩けるように。
今度は面と向かって、カケルに「大好き」だと言えるように。
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