ヤドカリの家

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 学校には行っていなかった。たくさんの子どもたちが、毎朝、そこへ出かけていくことは知っていた。でも、母親に訴えても「行かなくていい」と言われて終わる。 「行ったって、どうせあんたなんか入れてもらえないよ」  そう言われていたけど、一度、家を抜け出して子どもたちのあとをつけたことがある。  学校の建物までくると、子どもたちは鉄製の大きな門の中へと吸い込まれていった。門の前には大人が立っていて、通り過ぎていく子どもたちをしかめ面で見張っている。  大人がこっちをにらみつけてきた気がしたので、俺とハルは怖くなって引き返した。  母親の言う通りだ。俺たちは学校に入れなかった。  よく見れば、学校に行く子どもたちは、みんな背中に四角いカバンのようなものを背負っている。あれを持っていないと学校へは入れてもらえないのかもしれない。俺もハルも、もちろん持っていない。  その話を母親にすると、昼に家の外へ出るなとこっぴどく殴られた。俺の身体にはあざが増えたけれど、ハルは押入れにいるようあらかじめ言ってあったから殴られずにすんだ。  弟は俺が守らないといけなかった。真っ先に気にかけてやらなくてはいけない、なににもまして大事な存在だ。  昼間は、母親のいない家でハルとすごした。  近所のゴミ捨て場にあった子ども向けの絵本や童話を拾ってきて、ふたりで何時間も読んだ。ひらがなや数字は本を読んでいるうちに覚えた。ハルは俺より頭が良いみたいで、本に乗っていた足し算と引き算のしくみを説明してくれた。おかげで買い物ができるようになった。  その頃、母親は一日中帰ってこない日があって、そういうときは、家の中の金がありそうな場所から現金を見つけて自分たちで食べ物を手に入れなければならなかった。  スーパーの場所は知っている。でも、大人たちからじろじろと見られるので、あまり好きな場所じゃない。怖い顔でにらんでくる大人もいたから、近所に何軒があるスーパーを順にめぐって同じ店にはしばらく行かないようにしていた。  町で会う子どもたちは、大人よりもっと意地悪で、うっかり目が合うと、「くせえ」「汚え」とはやしたててきた。俺はスーパーのポリ袋を握りしめて逃げながら、学校にいるのがああいう子どもたちばかりなら、行けなくて良かったと考えた。  ひどい目に遭ったことをハルに言うと、「身体がかゆくなったらお風呂に入るんだよ」と教えてくれた。お湯はずいぶん前に出なくなっていたから、冷たい水で震えながら身体を洗った。
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