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朝、起きると、久しぶりに母親が帰ってきて布団で倒れ込むように寝ていた。
助かった、と思った。彼女の肩を揺すって起こし、金がほしいと訴えた。水道が止められて水が出なくなっていた。明かりもとっくにつかなくて、冷蔵庫も使えない。
「うるせえよ!」
俺がゆすり続けると、寝起きで機嫌の悪い母親は、腕を振り回して俺を殴ったけれど、「お願い」と繰り返した。食べ物を買う金もなくて、昨日の朝からなにも食べていなかった。
「ざけんな、顔見たら金、金って。久しぶりに会った母親にほかに言うことあるだろうがよ」
「ごめんなさい……」
よろけて立ち上がった母親は、のたのたと台所に歩いていった。金をくれるのかと思ったら、コンビニの袋から缶チューハイを出して開ける音がした。
それから母親は、ゴミが散乱した台所の中で、酒を飲みながら泣きはじめた。言っていることはほとんど聞きとれなかったけれど、たぶん男とだめになったんだろう。
母親は定期的に男を作って帰ってこなくなる。帰るのは今みたいにふられたときで、しばらく家にいて酒を飲み、そのうちまた戻ってこなくなる。
「あたしの親なんか、もっとずっとひどかったんだ。もっとぶたれたし、飯を抜かれたし、冬に一晩外に出されて死にそうになったんだから。あんたのほうがずっと恵まれてる」
母親はそういうお説教を俺にして、一万円札を投げつけた。
俺は床に落ちたお札を拾い、ハルが心配になって部屋の中を見回した。ちゃんと隠れているようで、押入れの下に小さいつま先が見えたので安心した。
何日かすると、母親はまた帰ってこなくなった。
ハルとの別れは、なんの前ぶれもなく訪れた。
その日はくもりで、大気がもわっと生あたたかかったのを覚えている。
冷蔵庫を開けると、ぱっと明かりがついてひんやりした空気が流れてきた。電気料金を払ったおかげで電気が復活したのだ。これで牛乳が買える、と嬉しかった。
俺は少し背が伸びて、今まで触れなかった場所にも手が届くようになっていた。
母親は相変わらず、帰ってきたり、こなかったりした。
父親もだいぶ前から家には寄りつかなくなっていて、家の中で暴れることもない代わりに、ここに家族がいることも忘れてしまったみたいだった。
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