1人が本棚に入れています
本棚に追加
「私、東京の大学に行こうと思ってるんだよね」
ぼんやりとした夕日が差す放課後の誰も居ない教室で、二人で机を並べて勉強していた最中に、何でもないことのように尊はそう言った。
「そっか」
私も何でもないことのようにそう返す。
私たち以外に誰も居ない教室にシャーペンの音だけが反響する。
いつかこういう日が来ると分かっていた。
とっくの前に「普通」からは遠く離れていた私が、尊みたいな女の子を縛り続けていて良い訳がなかったからだ。だから少し安心した気持ちもあった。
これで尊は私から離れられる。
明日を生きるのに精一杯で勉強なんてどうでも良かったのに、頭の良い彼女に教えられるまま、彼女と同じ進学校に進んだ。
大学なんて行けるわけもないのに、彼女が一緒に勉強しようとねだるから、バイトの合間を縫って毎日勉強した。
ごみまみれの家で母親からどんなに罵声を浴びせられても、どんなに働いて貯めたバイト代を取られても、私には彼女のくれた音楽があった。
尊が居たから私は生きてきた。
その日の帰り、髪を染めた。
尊が居なくなっても、私は生きていかなければならない。だからそのためのお守り。
あの日のカレーライスみたいな茶色。
「明るい茶色に染めてください」
最初のコメントを投稿しよう!