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男子はいつも飽きずに騒がしく喧嘩していて、女子はみんなお喋りだったあの頃の教室に、いつも一人で静かに席に座っている子が居た。
自分ももれなく何でも話したがるお喋りで、一人前の大人のように背伸びせずにはいられなかった小学生の尊は、いつも誰とも話さずに一人で図書館の本を読んでいるその子の静けさに惹かれて、ある日の昼休みに声をかけた。
「ゆうちゃん?」
ゆっくりと本から顔をあげた優雨は、困惑の中に少し怯えが混じった顔をしていた。
段々と一緒に休み時間を過ごすようになり、一緒に登下校をするようになり、尊が優雨の隣に居ることがクラスの当たり前になった時でも、尊は優雨のことをあまり知らなかった。
優雨の家庭が何やら複雑な事情を抱えていることはうっすらと理解していたが、何でも話したがる尊とは対照的に、優雨はいつも尊の話を少し微笑んで聞いているだけで自分の話をしようとしなかった。だから尊は優雨について全く何も知らなかった。
私はゆうちゃんの友達になれているのかな。
あの頃は口に出せなくてもそんなことを思っては、少しだけ不安に感じていた。
変わらない通学路を二人で並んで歩きながら、いつものように尊が喋って、喋り終わって静けさが広がった。夕方になろうとする直前の少し冷えた空気が尊と優雨の頬を包む。
「みことちゃん」
突然、隣を歩く優雨が尊に話しかけた。喋ってくれたことが嬉しくて興奮しているのがバレないようにそっと横を見遣る。
優雨の短く切られた黒い髪がさやりと風に流れる。どこか遠いところを見つめているような優雨の瞳が優しい色をしていた。
「みことちゃんはあの雲に似ているね」
言いながら優雨は真っ直ぐに目の前に広がる空を指差す。優雨が指す雲はふんわりとした桃色に染まる、大きな丸い雲だった。
「似てるってなあに?面白いね」
雲に似ているなんて言葉は想像もしていなくて、尊はくすりと笑う。
「もくもくしてて、何でも食べてやるぞって感じがみことちゃんっぽい」
「何でも食べてやるぞってなに!わたしが食いしん坊みたいじゃん!」
優雨が食いしん坊じゃんという瞳でこちらを見ている。おかしくてたまらなかった。優雨はいつもと同じように微笑んでいて、いつもと同じその微笑みがたまらなく嬉しかった。
気が付けばいつの間にか優雨にとって私は友達なのか、なんていう不安はどこかに消えてしまっていた。
今でも大きな丸い雲を見ると私はあの日の優雨の優しい瞳を思い出す。
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