ゴースト&トゥルーエンド

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 ユウタ君は大学生の幽霊だ。アニメや漫画が大好きで、『少年宇宙』という週刊漫画誌を愛読していた。この部屋で一人暮らしをしながら大学生活を満喫していたさなかに持病が悪化して、眠っている間に死んでしまったのだという。 「特に悪いこともしてませんし、てっきり天国に行けるものと思っていたんですけどねえ」  俺が気絶から目覚めた朝、ユウタ君はテーブルの上に正座したままで、そう嘆息した。 「まさか『少年宇宙』で連載されていた大人気作品『サイキックボーイ』の続きが気になりすぎて成仏できないなんて」  しかし、その「まさか」だった。彼は大好きな連載作品の続きを見たいという未練のために成仏できず、この部屋に憑いてしまったのだ。 「で、これまでの入居者たちに漫画を読ませてくれと頼んできたけれど、誰にも相手にされなかった、と」 「はいい」  ユウタ君は力無く頷いた。だが、彼には悪いがそれは仕方ない話だ。例えば女性入居者なら男性の幽霊というだけで即・再引っ越し案件だろうし、男性でも漫画雑誌に興味がないとか幽霊と会話なんてしたくないとかなら無視する方が楽だろう。 「自称霊能者が来たりもしたんですけど、僕を無理やり成仏させるなんてことはできなくて。だめもとで漫画のことを頼んではみたんですけど、どうにも波長が合わなかったらしくて、僕の言葉は通じませんでした」  それで優良物件にも関わらずの格安設定になったわけだ。今度もしあの不動産会社の担当者に会ったら、嫌味の一つでも言ってやろう。 「それで、俺にも同じ頼み事をするんだな」  だんだん事情を飲み込めて来たので尋ねると、ユウタ君は「ううう」と背中を丸めた。 「はい……『少年宇宙』のバックナンバーを、僕が死んだ週のものから読ませてくれるだけでいいんです。いえ、だけでいいなんて、お金を出せない僕が言っていいことではないですが……」  本人が一番、無理を承知なのだ。しかも彼の性格上、そうしないと呪うぞなんて脅しをかけることもできない、いや思いつきもしないのだろう。  俺はふと気になり、スマートフォンで検索をかけた。少し調べてみたところ、どうやら『サイキックボーイ』は単行本化されていないらしい。口コミなども全然見当たらず、出版社の公式サイトまで行ってようやくそこまで分かった。当然、単体での電子書籍化もされていないようだ。なるほど、だから掲載誌のバックナンバーを読ませてくれ、という話になるわけか。……ん? 「さっきその作品は超人気って言ってたよね?」 「はい。正しくは大人気、と言いましたが」  そこに未練があるから当然なのかもしれないが、ちょっと細かい。 「大人気なのに単行本化されてないの」 「そういうこともあります」  そうかなと思いつつ、しかし愛着のある作品を庇いたい気持ちは俺にも痛いほどよくわかるので、頷くにとどめた。そして、ユウタ君の申し出について改めて考えてみた。  正直なところ、怖がりな自分でも不思議なくらいにユウタ君は幽霊として怖くなかった。もちろん、突然目の前に現れたらびっくりさせられるけれども、ここまで幽霊と意思疎通できるものだとは思っていなかったのだ。見た目にも全く怖い要素がないし……それも、漫画好きの幽霊なんて。  熟考するほど迷いはなかった。俺は数分後に答えを出した。 「いいよ。『少年宇宙』のバックナンバー、買ってやるよ」 「いいんですかあ!」  ユウタ君はテーブルから身を乗り出し、勢い余って頭から転げ落ち、俺の体を完全にすり抜けた。あまり気分の良いものではないが、それだけ喜んでもらえるのは悪くない。それで成仏してくれるならなおのことだ。  そういう経緯があっての、今だ。  俺はタブレットをテーブルの上に設置し、出版社の公式サイトを開いて『少年宇宙』のバックナンバー一覧を表示させた。ユウタ君の申し出により、毎日一週間分購入して読むことになっている。十年以上前の作品で情報が全くない『サイキックボーイ』はいつまで連載されたのかすら定かでなく、この散財をいつまで続けることになるかは未知だった。 「今日はこれか」  画面の中の雑誌表紙に触れると、ダウンロードが開始される。ユウタ君が隣でワクワクしているのが伝わってくる。やがてダウンロードが終わり、俺は目次ページを開く。該当作品の掲載ページまでジャンプすると、ユウタ君が画面に見入った。俺も一緒になって読みながら、ページをめくるための合図である、彼の頷きを待つ。
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