ゴースト&トゥルーエンド

5/8

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「『ボーイの目は明日に向かって輝いていた。デュクシ先生の次回作にご期待ください』……?」  どちらが呟いたのか、俺とユウタ君は呆然と画面を見つめていた。こんなに綺麗に打ち切りそのものと言える打ち切られ方もなかなかないのでは、と思えるほど潔く唐突に、『サイキックボーイ』は終わってしまった。これから社会を混乱に陥れていた悪の組織に乗り込むという、まさにクライマックスの矢先に。 「こ、これ……え? これで終わり?」  混乱しているユウタ君の隣で、俺は次のページをめくった。……続きはない。急いで次号をダウンロードし、目次を見てみる。『サイキックボーイ』の文字はない。これは、本当にアレで完結したということだ。 「そんな……」  ユウタ君は涙目で俺を見た。幽霊って泣けるのか、なんて場違いなことを思ってしまう。 「酒木さん、僕こんなのじゃ成仏できません」  そりゃあそうだよな、と思った。  続きが気になって気になって、ボーイがどうやって世界を救うに至るのか、ずっと俺と話しあっていたくらいなのに。それが知りたいがために幽霊になんてなったのに。 「あんな終わり方じゃ、そりゃできないよな」 「はいい」  べそべそと泣くユウタ君には、一向に変化は見られなかった。消えてしまうとか、光の粒になってしまうとか、そういう成仏的演出もない。やはり、あの終わり方では未練は消えなかったのだ。いやむしろ、消化不良が過ぎてより未練が深まったのではないか。もしもユウタ君が性格のいい幽霊じゃなかったら、編集部を呪ってしまうなんてこともあり得ただろう。  小一時間ほどユウタ君は泣いて、俺もその隣で首が痛くなるまで天井を睨んだ。そうしてようやく、決心がついた。 「よし」  俺の気合に満ちた掛け声に、ユウタ君は床に伏せていた顔を上げた。 「何が『よし』なんですかあ」  俺は立ち上がり、クローゼットの奥にしまい込んでいた、未開封の引越し段ボール箱を取り出した。食器類を入れていたのと同じくらいの、それほど大きくはない箱をリビングの照明の下に運び出す。 「そういえばその箱、ずっと開けてませんでしたよね。何が入っているんですか」 「……捨てようかどうか迷って、結局そのまま持って来ちゃったんだけどさ」  封をしていたガムテープを破り捨てて、箱を開く。俺にとっては青春そのものであり夢の象徴、そして苦い思い出の詰まった、たくさんの道具が出てくる。 「これは……」  ユウタ君にも見やすいように、俺は道具をテーブルの上に並べていった。Gペン、カブラペン、丸ペン、ミリペン、墨汁、ホワイト、雲形定規に未開封の原稿用紙、スクリーントーンやトレス台……。 「漫画を描くための道具じゃないですかあ!」  その通りだ。引っ越しの時に捨てるかどうか最後まで迷って、それでも捨てられずにここまで持ってきて、ひと月以上、開封すらせずに閉まっていたのは、漫画を描くための道具だった。 「酒木さん、漫画を描かれる人だったんですねえ、全く存じ上げませんでしたあ!」 「まあ、言ってないからな。……こんなこと誰にも話してないんだけど、聞いてくれるか」  道具を広げる直前まで、話そうかどうか迷った。でも、ユウタ君になら話しても大丈夫だろう。ここまで共に過ごしてきて彼の漫画作品への愛情はわかっているし、何より、彼はこれまで話した中で誰よりも気の合う友人だ。  ユウタ君は「もちろんですう」と頷いて、さっきまで流していた涙を拭いて俺を見た。 「俺、小さい頃から漫画が大好きで。いろんな漫画の真似をして描いた物を周りから褒められて、いつか自分も漫画家になるんだって思ってた。段々、俺より絵が上手い人も、俺には思いつかない物語を考える人もたくさんいることがわかってきたんだけど、でも俺にも描きたい漫画があるし、それを多くの人に読んでもらいたい。だから就職してからも出版社のコンテストに応募を続けて、ネットにも公開して、頑張ってたんだ」  働きながら作品を描いて完成させるのは、本当に大変だった。疲れ切って帰宅してから寝るまでのたった数時間しか作業できず、自分の理想とする完成形に近づけるとは思えず、余計ストレスが溜まっていった。 「そしたらある日、職場で俺が漫画描いてることがバレて」  休憩時間に一人でスマートフォンを見ていた時、その画面をたまたま見られてしまったのがきっかけだった。俺は自分のアナログ原稿を写真に撮って、暇な時に確認するのが日課だったのだ。それを見た先輩に、つい話してしまったのがバカだった。 「漫画なんて描いてる暇ないだろって。どうせプロになんてなれないんだから、もっと仕事頑張れよって、そう言われてさ」  仕事も、努力してきたつもりだった。苦手な笑顔を作って、クレームにも辛抱強く対応して、毎日努力して来たつもりだった。漫画制作だって、自分にできる最大限の努力を払ってきた。デッサンの練習も毎日欠かさず、物語作りの技術書を何冊も読み込んだ。自分が面白いと思える、人に楽しんでもらえる漫画を描きたかった。 「それで、折れちゃったわけ。どっちも中途半端だったんだって思って。で、何ができるのか、したいのかわからなくなっちゃって、それで仕事を辞めて引っ越して来たんだ」 「そういうことでしたか……」  ユウタ君の気遣いが触れられなくても伝わってきて、口元が緩む。 「でも。ユウタ君と出会えて、一緒に漫画を楽しむことができて、改めてわかった。やっぱり俺は漫画が好きなんだ。だから、」  ユウタ君の透ける手を取れないけれども取ったつもりで、俺は彼の目を見つめた。 「それに気づかせてくれたユウタ君のためにも、……俺が『サイキックボーイ』の続きを描くよ」  ユウタ君はきょとんとして、いつも眠たげな目を何度か瞬かせた。 「え? ……え? それって『サイキックボーイ』の続きを酒木さんが描いてくれるってことですかあ!」 「うん。……ユウタ君がそれでよければ、だけど」  一人で盛り上がっていたのではないかと恥ずかしくなって小さく付け加えた言葉に、ユウタ君は「もちろんですよう」と満面の笑みで何度も頷いた。 「わあ、こんな嬉しいことないです、本当にありがとうございますう!」 「これは俺なりの、ユウタ君への恩返しなんだ。頑張って描くよ」  それから、俺とユウタ君による『サイキックボーイ』制作が始まった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加