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 薄暗い部屋には電子部品が散乱し、グレーの工作機械がモーター音を響かせる。  外はにわか雨が降り出したようで、ガラス窓を雨粒が打つ音が(かす)かに聞こえた。 「ついに完成した ───」  何度も搔きむしった頭が、ボサボサに乱れた木丸(きまる)は、右手でマイクを掲げ左手は髪を撫でつけた。 「世紀の大発明だぜ、こいつは」  助手の飯高(いいたか)が、コントローラーをポチポチと押すとBGMが流れる。  大音量のギターが耳をつんざき、思わず顔を(しか)めた。 「なんだ、この曲は」  困り顔の木丸の前に映し出された画面に、テロップが流れる。 「流行(はや)りの『脆弱パートナーシップイニシャチブ』だ」  ふんと鼻を鳴らし、どっかりと椅子にもたれた飯高は、コントローラーを机に投げ出した。  赤、青、緑のスポットライトが明滅し、キラキラと光の玉が壁を流れていく。  派手な演出が、かえって心を冷めさせた。  (かたわ)らのグラスに冷たい麦茶を注ぐと、表面が曇って水滴が流れる。  シリコン製のコースターには、ステンレスを()め込んであって、下から光を反射するとグラスの透明感が増す。 「気分はどうだ」  問うと木丸は親指を立てた。  時代の閉塞感から人類を救い、活発にすることで経済を成長させる。  研究所のコンセプトだった。  これが、計画の第一歩になる。  2人は成功を確信したのだった。 「やはりな。  アドレナリン、ドーパミン、エンドルフィンの数値が急激に上がっている。  実験成功だ」  3つのホルモンは、幸せを感じたときに放出される。  歌うと快楽を感じるのはそのためである。  電灯を消し、スポットライトの光とともに、研究所には夜遅くまで音楽が響き渡ったのだった。
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