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 カーテンを閉め切った部屋に、少々埃臭い空気が立ち込める。  黒いデスクにノートパソコンとマンガ本の山があるほかは、殺風景な部屋である。  隅に積まれた布団は(つぶ)れてカバーから中身が少し(のぞ)いていた。  椅子に背をもたせかけ、天井を見上げるとほの暗いグレーに外の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。  外の天気は曇りだろうか。  気になると頭から離れなくなったが、カーテンを開けるのが億劫(おっくう)でぼんやりと隙間に視線を移していく。  SNSの広告に、奇妙な物が入ってきた。  「黄金スピンクス」と大きな文字で白抜きになった背景は、暗い中に幾筋(いくすじ)ものスポットライトが光を交錯させ(きら)びやかに演出する。  奥に小さく、どこかで見たようなアイドルが身体をしならせて歌っていた。  そのビジュアルが、徳本の心を捉えた。 「かっこいい ───」  短い動画には、音がなかったが歌う喜びをストレートに伝える何かがある。  カラオケなど一度も行ったことがなかったし、音楽の歌のテストはいつも恐怖だった。  生まれつき音程がとれない人間にとって、声で音楽を(かな)でるなど異次元の世界だった。  SNSにはニュースや広告がずらりと並び、フォローしたユーザーの書き込みにはフォロワーを増やした気持ちが(あふ)れていた。  親しみやすい文章で、自分の生活や思いを(つづ)る。  ワンパターンな言葉が続き、腹の底に冷たい重さを感じ始める。  誰かと(つな)がりたい気持ちでSNSを開くのだが、ほとんど無意味なやり取りが続く。  高校を卒業してからアルバイトをボチボチやりながら、何とか安アパートの暮らしを維持してきた。  最低限飲み食いできれば、生きるには困らない。  だが心の中の倦怠(けんたい)(うず)が、姿勢を維持する力さえも奪っていく。  ため息を一つつくと、ゲームを開いた。  楽しい、とは思わないゲームを毎日なんとなくやっている。  課金する余裕はないし、自慢できるほどうまくはない。  ユーチューバーのように一芸を持っていない人間には、日陰で静かに暮らすのが似合っていると思った。
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