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 研究所に重苦しい沈黙が鉛のように横たわっていた。  時々木丸が唸り、腕組みをして立ち上がるとまた椅子に腰を落ちつける。  飯高は黄金スピンクスの文字に何度も視線を()わせては、腕をグルグル回したり、大きく伸びをしたりと落ち着かない。  窓際の光が、黄色みを帯びてきて油川の頬をチリチリと焼いた。 「さあ、そろそろ何か言ってください」  しびれを切らして窓の(さん)に手を突いたまま振り返った。  2人はまた唸り、半開き立った口をへの字に結んだ。 「売れない理由が分かれば苦労しないぞ」  苦し紛れに飯高は、本音を()らした。  木丸も小さく(うなず)く。  頭の中を渦巻いていた苦しみが、パッと晴れて何もなくなった。  分からないから、相談しようとしているのだ。  専門家が打開してくれると思って依頼したのに、仕事を放棄する気か。  攻撃対象がはっきりすると、思考は止まる。  そして他人のせいにする。  自分たちは精一杯やった。  だが、油川は小さく肩を震わせて口角を上げた。  ククッと笑いが漏れ、のけ反るように顔を天井の隅に向け両腕を開く。 「そんなことだから、売れないのですよ」  そのときインターホンが現実に引き戻した。 「黄金スピンクスの無料体験は、こちらでよろしかったですか」  玄関の上がり口に視線を落としたまま、ボソボソと呟くような声を絞り出した。  普段あまり声を出さないので、声帯が退化したのではないかと思うほど、喋るのにエネルギーがいる。  手元の端末をスワイプすると、木丸が奇妙な客を迎え入れた。 「徳本 浩作(とくもと こうさく)さんですね。  ご予約、ありがとうございます。  お待ちしておりました。  どうぞ中へ」  ぼんやりと(にご)った目を奥へ向けた徳本は、ぎこちなく靴を脱ぎスリッパをつっかけた。  パタパタと部屋に入ると、エアコンの音と窓の西日(にしび)が迎えた。 「こちらです。  リモコンでお好きな曲を選んで歌ってみてください。  きっとお気に召すと思いますよ。  では」  3人は奥の部屋に引っ込んでいった。  残された徳本は、ゆっくりと右手を伸ばしリモコンで流行りの曲を選んだ。  部屋がパッと暗転し、窓にブラインドが落ちて静寂が支配した。  次の瞬間、けたたましいギターの音が稲妻のように耳をつんざく。 「うわっ」  思わず声を上げ、軽く飛び上がって耳に手をやった。  イントロが始まると、画面に歌詞が流れ始めた。  改めて室内を見回すと、誰もいないことを確認しマイクを口元に近づけた。  小さく息を吐き、マイクテストのつもりで声を出すと自分の声とは思えないほど張りがあって腹の底から響くような驚きをもたらした。  スポットライトが部屋を切り裂き、光を()き分けるように手で虚空をなぞる。  自分のものではないような、素晴らしい歌声に異次元の感覚と恍惚のひとときが落ちてくるのだった。
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