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 壇上(だんじょう)で、聴衆を前にした木丸は一つ咳払(せきばら)いをした。  マイクが乾いた音を立て、ゴツンと叩くように声を絞り出した。 「ええ、私はAIの研究者というほど詳しくはないのですが、なんて言うと怒られてしまいますが」  ずっと陽の当たらないところで、発明品を試作しては失敗してきたから講演会に呼ばれるなど思いもよらなかった。  だからなかなか原稿がしっくり来なくて余計なことを言ってしまう。  だが、言ってみて自分でツッコミを入れたくなる不可解さだった。 「AIで人を幸せにする。  出発点はそこでした ───」  黄金スピンクスの大成功を記念して、マスコミに会見を開き公演にも忙しさの合間を()って足を運ぶようにした。  これも、コンセプトに沿った社会への働きかけと解釈している。  一通り、AIカラオケマイクの理念と工学的解説を加えて、場内は拍手の渦に包まれる。 「ご清聴ありがとうございました。  今後もさらに改良を加え、AIの未来に貢献していきます」  そんなことが自然に口を突いて出た。 「なあ、知ってるか。  AIアイドルかと思っていたら、実在する女の子が歌っていたらしいぞ」 「え、マジか。  このルックスで歌唱力マックスってアリかよ」  「ミッキー」こと美樹本 艶(みきもと えん)は、黄金スピンクスを片手に観客に手を振る。  画面にマイクが大写しになると、会場にどよめきが起こった。  全国にライブ配信されたコンサートは、チケットが発売後10分で売り切れると地下で数十万円で取り引きされたと噂された。 「このマイクがAIなのか。  ヘンテコな名前だけど、ミッキーみたいに輝けるなら欲しくなるな」  男はスマホでAmazonを開いて検索する。 「たったの三万円で売ってるぞ」  注文が殺到して、納期は半年後になる騒ぎだった。 「はい。  ミッキーの新曲『併存ニンファー』と人気の『不忠実レイオット』はご購入後ダウンロードできますので、まずはご予約を承ります」  事務所には、10人ほどのスタッフが電話受けとWEBの取りまとめに大忙しである。  奥の応接室にどっかりと腰を下ろした木丸は、グラスの麦茶をグッと喉に流し込んだ。 「公演お疲れさま。  黄金スピンクスの人気はうなぎ上りだな」  飯高は伝票の束を、ガラステーブルに投げ出すとソファにひっくり返った。 「あの娘、ミッキーだなんて呼ばれて大当たりしたな」 「そうさ、油川さんがアイドルの卵を適当に見つくろってきてこのヒットさ」 「徳本さんも、事務方として生き生きとして働いてるし黄金スピンクス様様(さまさま)だな」  そこへ、油川が息せききって駆け込んできた。 「2人とも、会場へ来てください。  ディレクターが開発者を呼べと ───」  木丸は嘆息して、ジャケットの(えり)(つか)んで立ち上がった。 「やれやれ、人気者は休む暇がないな」  ふっと目を伏せて、飯高も起き上がる。 「急いでください。  ミッキーの歌が終わったところでインタビューを入れます」  移転してオフィスビルの高層階に落ち着いていたので、屋上のヘリポートまで一足で出ることができた。  ヘリのメインローターから強い下降気流が生まれ、顔を腕で(おお)っていないと目を開けていられないほどだ。  すでに暗くなった街は、昼間よりも活気を帯びたように見える。  ヘリのテールローターがゆっくりと回り始めるのを見ながら、3人は機体に身体を滑り込ませた。 「じゃあ、やってくれ」  操縦士は機体を星屑のような夜景の上へを舞いあげていく。  明かりの数だけ暖かさを感じるのは、その数だけ人間の営みがあるからである。  その(いく)つを、幸せに変えられるのだろうか。  マイクを持って歌うたびに感じた高揚感を、木丸は夜景の中に見いだそうと目を凝らしたのだった。 了 この物語はフィクションです
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