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4 妻・綾乃
☆
予定より幾分早くアパートに到着し、駆け付けてくれた咲のお友達も引越し作業を手伝ってくれた。
その中に男の子がいなかった事に宏輔はほっとしていたみたいで、その様子が可笑しくて咲と一緒に笑った。
昼過ぎには荷解きも済み、ガスの開通したキッチンを使って咲と二人で引越し蕎麦を茹でた。
こんな風に親子で台所に立つ事も、これから殆ど無くなる。
咲は優しい子だから、それに気付いてちょっと感傷的になっているように感じた。
「私がいなくても、仲良くしてよね」
ざるに移した蕎麦の湯気の向こう側、咲が小さく私にそう託す。
懇願に似た、最後の薄い内緒話。
はっとする私は、湯気の明けた娘の顔を見つめ、泣きそうになるのを堪えた。
畳まれた段ボールに座って、宏輔は鼻の下を伸ばして咲のお友達と談笑している。
まったくもう。
娘はもうこんなに大人になっているのに。
蕎麦を皆で食べ、邪魔になる前に帰ることにした。
名残惜しそうな宏輔の耳を引っ張って、二人だけで空になったワゴン車に乗った。
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