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6 妻・綾乃
☆
宏輔がいなくなったベンチを見つめる。
ひとつ、溜め息が出た。
私が咲の話をしようとすると、宏輔はいつも少し不機嫌になる気がする。
いつの頃からか、私は宏輔を真っ直ぐに見れなかった。
結婚前、夢を語る彼の姿に惹かれ、私にはこの人しかいないと思った。
ピアニストの夢を諦めた自分にはもったいない程に、夢を抱いて熱く生きている宏輔は眩しくて、ずっと一緒にいたいと思った。
結婚して咲が生まれて、私の心は変化した。
私から産まれ出た娘の存在は、何にも掛け替えが無かったのだ。
宏輔が悪い訳ではない。
宏輔を愛していない訳ではない。
でも本当に仕方ないほどに、私には咲が一番になってしまった。
自分の夢を被せるように、咲にはピアノを習わせた。
才能か努力なのか、咲は音楽を好きになり、その道に進んでいく。
私は彼女に常に寄り添い、娘のために生きていくようになった。
夫をないがしろにしていたとは思わない。
夫婦関係は無くなっていたが、ちゃんと家族として構成していた。
娘を通して、私達は夫婦でいただけだ。
今日、咲に「私がいなくても、仲良くしてよね」と言われて、はっとした。
咲がいなくなって、私達夫婦はどうなってしまうのだろう。
少し怖くなった。
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