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7 父でも夫でもなく
★
帰り際、軽くなった車に乗り込む前に、咲に呼ばれた。
娘の手には紙袋。
陰に連れていかれて、それを手渡された。
「何これ」
中には、古いスケッチブックと色鉛筆のセットが入っていた。
「……引越しの準備してた時にね、押し入れから発見しちゃった」
それには、憶えがあった。
袋から黄色い表紙のスケッチブックを取り出し、最初のページを開く。
色鉛筆で淡く描かれた、女性の絵。
グランドピアノを弾く、女性の姿だった。
「それ、私が生まれる前のママ、だよね」
今よりも髪の長い綾乃が、ピアノを弾いていた。
遠目のアングルだが、表情でその主人公が綾乃だと分かるスケッチだった。
懐かしかった。こんなものが、まだ。
あの頃の想いが、沸々と疼く。
「私ね、パパとママに感謝してる。私ちゃんと二人に愛してもらったって、分かってるよ。
でね、これ見て気付いた。
パパとママ、やっぱりお互いに愛し合ってるんだって」
咲を見る。よく似ている。
ロングヘアはあの頃の綾乃よりも長くて、綾乃と同じ優しい目をしている。
娘を通して、妻を見た。
いつ間にか、見ないでいた綾乃を。
「ごめんね。ずっとパパとママは仲悪いんだって私勝手に思ってた。
私が間にいなきゃ仲良くなれないんだって、そう思ってた。
でも、違ったんだよね」
咲が舌を出して小首を傾げる。
その仕草は、出会った時の綾乃の仕草と一緒だった。
咲は優しい娘だ。僕にはもったいない程に。
そして、僕の愛した人によく似た、素敵な大人の女性になったようだ。
こんな発見、迷いながらも家族をしてきた僕と綾乃にしかできないことだ。
「また描きなよ。ママのこと。
私の事はもう気にしないでさ、これからは二人でもっと仲良くしなよ。
きっとママも、パパを待ってるよ」
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