2.魔王、衣食住を求める。

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2.魔王、衣食住を求める。

「ったく…何処だ、此処は…」 平和(フリーデン)を滅亡させた少年、ノヴァ・ストラは暦で20xx年、日本にて目を覚ました。地面は灰色で硬く、雨も降っている。 「地獄…ってやつか?ハッ、まさかアイツ等の言ってた事が本当だったなんてな…」 アイツ等、とは平和(フリーデン)の人々の事である。 「何処に行けば良いんだ…?エンマとやらが迎えに来るんじゃないのか…?」 そう文句を垂れながら、立ち上がって後頭部を掻く。 「あのぉ〜…大丈夫?」 「んぁ?」 そんな僕に声を掛けた、僕より少し長身の女がいた。漆黒の髪に、少し茶色がかった瞳だ。ヒト族…か…。ちなみに僕もヒト族である。魔族でもないのに『魔王』だなんて、失敬な…。 「いや、あの、子どもが傘を差さずに雨に降られてたから、心配になって。もう夜の10時だよ?早く家に帰った方が良いんじゃない?」そう言って女は僕に傘を差し出した。 1番最初に僕が抱いた心情は、「は?」である。子ども?何を言ってるんだ。もう16歳だぞ、僕は。15歳で成人だぞ??どうやら地獄のエンマは人を見る力がないらしい。…まぁ、確かに身長は低いし、童顔だと言われたことがないこともないが。 「…お前がエンマとやらか?」 「え、…エンマ?エンマって、閻魔大王のこと?」 女は目を見開いた。 「僕のことは好きにしてくれ。それだけの罪を犯したから」 投げやりな感じで言うと、女は何を言っているのか分からないといった表情で、 「…なに、言ってるの?此処は地獄?東京だけど。千代田区。日本ね?」 そう、言った。 「…は??」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。 「…え?」 またもや「は?」だ。地獄じゃないのか、ここは?トウキョウ…チヨダク…ってなんだ。地獄の施設(?)の一種か? 「トウキョウ…?で僕は何をすればいいんだ?」 「いや私が聞いてるのがそこなんだけど?」 「あぁ、そういうことか。分からん」 「すんごい一言で矛盾してるけど」 実際何をすればいいのかわからないのだ。 そこで僕は大事なことを思い出した。 「あと、僕は子どもじゃない」 「あ、そうだったの?ごめん…って、そこ?そこ今ツッコむ?」 「大事なことだ。僕はもう16歳だ。成人している。子どもではない」 「はっ?…ジュウロク…?バリバリ子どもじゃない!!」 「はあ…??」 そんなことも知らないのかこの女は。呆れを通り越して、もはや何も感じないな。 「いやどこの国の話してるの!?」 「平和(フリーデン)の、ノファカ地方」 「…どこ、それ?そんな国知らない…」 「それより、ここは地獄じゃないのか?」 「日本だよ?何言ってるの。ほら、早く帰りなさい!」 この女と話して気づいたことがある。ここは、地獄じゃない。僕は…恐らく、前世の記憶を持ったまま…転生している。この『ニホン』という世界、または国に。そうじゃなきゃ、成人年齢を知らないなんてことあり得ない。ここは平和(フリーデン)ではない。つまり…。 「このままだと、死ぬ…??」 「はぁあ?」 思わず口に出してしまった。いや、本当にこのままではマズい。衣食住が無いということだ。 「ワケわかんないこと言ってないで…。」 「泊めてくれないか!?お願いだこのままだと死ぬ!」 「…え?もしかしてあなた、ホームレスだったの…?」 「そうだ!ほーむれすだ!」 ほーむれすの意味は分からないが!もう衣食住を提供してくれるなら何でもいい…!! 「えぇ…いや、泊めてあげないこともないけどさ…。でも、変に拾うわけにも…。えっと、名前は?」 「…レイ。レイ・ノーヴァ」 平和(フリーデン)を滅亡させ、『魔王』と呼ばれた名を言うわけにはいかない。もしかしたらノヴァ・ストラという名前を知っているかもしれないから。 「…変わった名前だね?日本の名前じゃない…よね?レイ君…で良いのかな?あ、私は柊木雫っていうの。」 「…ヒイラギ、シズ…。どっちが家名だ?」 念の為、名前の形式を確認しておく。発音しづらい名前だな…。 「え?柊木だけど」 家名が先にくるんだな。僕は一つやらかしてしまったらしい。変な名前だと思われてしまった。まぁ取り敢えず、言葉は通じるから…読み書きが出来るかだな。また確認するとしよう。 すると、僕を泊めようか悩んでいた女…シズが、結論を出したのか、僕に告げた。 「…分かった。泊めてあげる」 「本当かっ!?」 まさか良い返事が返ってくるとは…!いきなり「泊めてくれ」だなんて、普通は断られると思っていたのだが…。 「言っとくけど、期限はレイ君が成人するまでだからね?成人したらちゃんと就職してよね」 「いやもう成人してるっt」 「だから!成人は20歳からなの!」 食い気味にそう言われた。ここは大人しくこちらが一歩譲った方が良さそうだ。 「…分かった。ありがとう、シズ」 「うん、それでよろしい!で、学校は?」 学校…この世界にもあるんだな。 「行ってない」 さて、これが通じるか。 「…そう、…まぁ義務教育は終えてるから良いのか…」 良かった、通じた。ギムキョウイクとやらはよく分からないが。 「いい?最低限のお世話しかしないからね!」 「あぁ、分かってる。改めて、本当にありがとう、シズ」 「ちゃんと素直なとこあるんじゃん…。」 「まだ子どもだからな」 「…もういいや」 酷い扱いを受けた気がするが、気のせいということにしておく。 ◇❖◇ そんなわけで、衣食住を手に入れた僕だが。 未知の世界に連れてこられたらしい。 「…お邪魔します」 「そんなこと言えるんだ」 「は?」  非常に失礼極まりないことを言われた気がするが、気のせいということにしておく。 「いや別に。電気電気〜っと…」 シズは暗闇の中、何かを探すように手を動かすと、パチ、という聞いたことがない音と共に、部屋が明るくなった。 「うわっ…!?」 「え?」 どこから光ってるんだコレ…!?そもそも呪文を唱えていなかった。無詠唱も有り得るが、シズの手は発光していない。なら光源はどこだ…!? 「っ…!?」 バッと天井を見上げると、光を放つ光源らしきものを見つけた。何だ、コレっ…!? 「…最近買い替えたちょっとお高いヤツだけど…。え、もしかして家具オタク?」 おた…? 「そういうわけじゃない」 多分。 「そ。ねぇ、話は変わるけど、レイ君ってバイトとかしてる?」 ばいと…?何だ?…電気系統魔術の中で最高難度を誇る、あの『ヴァイト』か…?? 「できないこともないが…」 「してないってこと?え〜、学校行ってないんでしょ?何かしなよ!ホラ、ココとか!私が前に働いてたとこだから色々教えられるし!」 働く…??働けってことか?ばいと、という職業なのか……?? 「分かった。働く。給料は…」 「時給1300円だね。まぁ、それなりにある方かな?」 エン…??そうか、通貨の単位か…。どのくらいの価値なのだろうか。分からないが、それなりにある、と言っていることから、安くはない金額なのだろう。 「了解だ。シズに渡せば良いんだな」 「あーいや、別に良いかな。今のところ困ってないし」 「優しいんだな。でも僕の気は済まないから、半分は渡すことにする」 「え〜??いや、要らないんだけど…」 「シズが要るか要らないかなんて聞いてない。僕の気が済まないからだ」 「もぉ〜、ツンデレだなぁーこのこのぉ〜」 シズが僕の腕を肘で小突いてくる。 「は?」 「ごめんって」 軽く睨むと、シズは間髪入れずに謝ってきた。そんなに圧をかけたつもりは無かったのだが。 「ねぇねぇ、自炊できるの?」 「…できるが」 今度は何だ。 「あ、じゃあさ、ご飯作ってくんない?私、料理がホントに苦手で…」 「ええ…」 めんどくさ。 「ん〜、もう!バイトと料理が条件です!それが出来ないなら住ませません!」 「…そう言われると逆らえないな。分かった、飯も作ろう」 「ふふん、それで良いんだよ〜♡」 シズは満足気にうんうんと頷くと、語尾にハートマークが付いていそうな気持ち悪い声で言った。 「レイ君?そのゴミを見るような目は…」 「なんでもない」 どうやら表情に出てしまっていたようだ。追い出すとか言われると嫌だ、なるべくシズを怒らせてはいけない…!! 「…そ。とりあえずさ、もう遅いし、お風呂入って寝ようよ!」 「わかった。なぁ、風呂はどうやって入れるんだ?」 平和(フリーデン)とは違うかもしれないため、一応聞いておく。 「え?…浴槽洗って、スイッチ押したら入るけど…」 「…そうか」 浴槽を洗うのは…まぁわかる。水属性魔法が使えないと、手で洗わないといけない。問題は…スイッチが何だ…? 「その、スイッチというのは…」 「ん?あぁ、これ。『ふろ自動』ってやつ。これ押したらお風呂沸かせるから」 シズは、壁の白い四角い板…についたたくさんの四角の中から、一つを指さして言った。 「…そうか」 …いや何だそれ!新たな魔道具か…!?こんな小さなスイッチを押すだけで…湯が沸く…だと!?そんな魔道具、聞いたことも見たこともない! 「新たな…魔道具…?」 ボソッと呟くと、シズが反応した。 「なに言ってんのレイ君?マドウグって…ファンタジー小説とかでよく言う、あの魔道具?」 ファンタジー小説?魔道具が…小説の中の…架空の話だと言ってるのか!? 「…なぁシズ、魔法…って知ってるか?」 平和(フリーデン)でこんなことを聞いたら、皆から失笑を買って終いだ、が…。 「魔法…?言葉は知ってるけど。どうして?」 「…いや、なんでも」 分かった。この世界には魔法が無いのだ。ファンタジー小説の中の…架空のモノだという認識なのだろう。この世界に則って、今の僕はかつて『魔王』と呼ばれた力は…もう消滅しているのだろうか。もう、魔法を使うことは出来ないのか。 「ねぇレイ君、これ着てみてよー」 いつの間にかシズが目前から消えており、右斜め後ろ辺りから声が聞こえた。 「ん?」 振り向くと、シズが男物と思われる服を掲げてていた。 「私の弟のやつなんだけど、サイズ合うかなぁーって」 なるほど、そういうことか。意図は分かった。しかし、これは見た目で分かる。 「大きすぎる気がする」 「分かってるよ!仕方ないでしょ…っていうか、この服が大きいんじゃなくて、レイ君が小さすぎるんだよ!!」 「なっ…!?」 気にしていることをはっきり言われた…!!ショックっ…! 「え、もしかしてすごい気にしてた!?ごめんね!?」 「次は無いから、なっ…!」 ダメージを受けながらもシズを睨む。 「申し訳ありませんでしたどうかお許しを」 相当かなり結構もの凄く傷ついたのは事実だが、そんなに圧をかけてしまっただろうか。 「ねぇねぇ、レイ君って身長何センチなの??えっと…私が157センチだから…それより低いってコト!!?」 懲りないシズが身長を聞いてきた。 「だいぶ前に測ったら151センチだった」 「…ちなみにそれ具体的にいつの身長?」 「…1週間程前だと思う」 死ぬ前だからな。 「いやすっごい最近じゃん!?」 もう一度睨むと、シズは大人しくなった。 ◇❖◇ そんなこんなで昨日は、風呂に入って早々に床に就いた。 結局、シズの弟の、僕にとってはダッボダボの服を着せられた。部屋も弟のものを使わせてもらっている。それにしてもこの世界の寝床は非常に寝心地が良い。僕の世界では藁を編んで敷き、同じものを体に掛けただけだったから、夜…特に冬はものすごく寒かった。 目が覚めたため、今がいつなのかを確認するために、立ち上がって窓を開ける。 「うおぉぉお…」 日光がこれでもかと僕に降り注ぐ。個人的に朝はかなり苦手である。とにかく朝であることは確認したため、窓を閉めた。 そして戸を開け、部屋を出る。 「あ、おはよう、レイ君!」 食卓の準備をしているのか、エプロン姿のシズが視界に入った。ちなみに、シズはそれなりに美人で可愛い、と思う。この世界の基準ではどうなのか知らないが。色恋沙汰にはあまり詳しくないが、交際相手はいないだろうな。一応異性である僕を家に泊めてくれるくらいだし。 「…何か失礼なこと考えてたでしょ」 訝しげな視線を向けられる。 「おはよう、シズ。…シズにとっては失礼なことを考えていたかもしれない。」 「ちょっと!」 軽く頬を膨らませると、シズはエプロンを外し、二本の棒を持ってきて、僕に渡す。 「はい、お箸」 「オハシ…?なんだ、コレ?」 「はぁ?何って、箸だよ」 「だから、ハシとは何だ。何に使うんだ?」 「そりゃ、食べるのに使うけど」 「はぁ?これでどうやって食べるんだ?」 たった二本の棒で、だと…? 「…分かった。知らないんだね?使い方教えてあげるから、今日中にマスターしてよね」 「はぁ…」 シズにハシの使い方の手ほどきを受け、なんとか物が掴めるようにはなった。 「わぁ、飲み込み早いんだね」 感心した表情でシズが言う。 「難しいな、コレ…」 まだ手がプルプル震えている。 「でもでも、ちょっと教えただけでこんなに出来るようになるなんて凄いよ!」 「ありがとう…」 褒められて悪い気はしない。前世では褒められたことなんて無かったし。最も、褒められるようなことをしていなかっただけだが。 「あ、そうそう。昨日連絡したら、バイトは来週から…ってことになったんだけど、良いかな?」 「あぁ、問題無い」 特に予定があるわけじゃないからな。 「うん、良かった。今週…といっても後2日だけど。はい、これうちの鍵。外に出るなり自由に過ごして良いよ。何かどうしても欲しいものがあったら言って」 シズは箸を置いた僕の手に、鍵を握らせた。 「分かった。ありがとう」 「じゃあ私は大学行ってくるね〜」 「ああ」 軽く手を挙げ、了承を示す。 「いってきまーす」 そう言ってシズは家を出て行った。 さて、どうするか。とりあえずまだ食事中だったので、食事を済ませ、洗いものをしておくことにした。 この世界、まだ解らないことが沢山ある。平和(フリーデン)と何が違うのか。まず、この世界には魔法が無いという大きな違いがある。従って、もっと多く、大きな違いがあると予測できる。 この世界について知る。まずそこから始めた方が良いだろう───
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