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5.勇者、魔王が可愛い。
日本に転生してきて、かれこれ一年。
一年も経てば、ここの生活にも慣れてくる。
最初は顔が変わったことに驚いたな…俺は真っ赤な髪色から、少し赤みがかった黒髪になり、全体的に彫りの深かった顔から、柔らかい顔に変化。ソルトの髪は青色から、紺のような黒に、ゴツい顔だったが、全体的にスッキリまとまったように見える。ナナは紫髪から、紫がかった黒髪に、顔の変化は俺とソルトに比べ少なかったが、勉強漬けで悪くなった視力が回復したと言っていた。
全員、まぁ良い変化なのではないかと思う。
さて、今日も今日とて、ノブオのラーメン屋の手伝いを終え、更衣室でエプロンを脱いでいると、隣のロッカーを使っている…レイ・ノーヴァ君が声を掛けてきた。
「なぁ…アンタ、ツクバアオイとかいったか?」
1年ほど一緒に働いてきたが、仕事のこと以外で話しかけられたのは初めてかもしれない…。どうしたんだろう。少し緊張を覚えつつ、応える。
「あ、うん。えっと、レイ・ノーヴァ…君?レイ君でいいのかな?」
「あぁ、それで構わない」
「それで、どうしたの?」
「ツクバアオイは…偶に不思議な事を言っているから、前から気になっていた」
ドキッとした。確かに俺は、稀に平和(フリーデン)の常識を日本の常識に持ち込んでしまうことがあった。流石に変に思われるか…。
「…確かに、偶に変なこと言っちゃってたかもね…。あ、あとアオイで良いよ?」
「じゃあ、アオイ。偶に変なことを言っているのは、どこの知識なんだ?アオイはさも当たり前かのように言っているから。前は別の国に住んでいたのか?」
「あー…」
何と答えるのが正解だ…?
ここは更衣室であるため、女性であるナナはいない。
もし、住んでいたと言えば、その国の説明を求められるだろう。そこでボロが出ると、もっと疑念は深まる。住んでいなかったと言えば、じゃあその発言は何だ、という流れになるのは俺にも目に見える。
レイ君、鋭いな。
「いやー…何というか…その…」
答えを懸念していると、レイ君が少し慌てながら口を開いた。
「あ、いや、そのだな、言えない事情があるなら、言わないでくれて構わない。済まなかった、無理に聞き出すようなマネをして」
目をキョロキョロさせ、素振りも慌ただしくなり、焦っているのがよく分かる。
「…う、うん…ごめんね…あ、ありがとう、レイ君」
こちらも驚いてしまった。1年も同じ空間でレイ君を見てきたが、感情を露わにするところを初めて見たから。ノブオに言われた仕事を淡々とこなしているのはずっと見てきた。非常に容姿が良いため、女性に言い寄られることも多く見えたが、全て無表情で拒絶していたし、それに、ノブオのような明るい人と話していれば、一度は必ず笑うのに、同じような顔で相槌ばかりを打っていて、たまに少し微笑むだけ。本気で笑った顔は見たことがない。それなのに、こんなに感情豊かな仕草を見せて…。言葉遣いは固いが、何だ少し可愛く思える。
「済まなかった、本当に。忘れてくれ…」
「ううん、全然大丈夫だから!それと…俺、これからレイ君に積極的に話しかけても良いかな。話してくれる?」
まだ焦りを見せるレイ君を宥めるように、俺は言った。
「え…ぼ、僕にか…?」
「うん、レイ君に」
「あー…えっと、僕で良ければ、だが…」
待て。少しどころかすごい可愛い。ほんの、ほーんの少しだけ耳を朱らめ、こんなことを言われると思っていなかったのか、慌てぶりが増している。身長も低いし…150cm程度だろうか。可愛い。いや、本当可愛い。
「…どうかしたか?」
まじまじ見つめていると、不思議がられた。
「んっ?あぁいや何でも…ありがとうレイ君、これからよろしくね!」
「あ、あぁ…」
手を差し出すと、レイ君は少し戸惑いながらも、キュッと掴んでくる。いちいち可愛いなあ、もう。
◇❖◇
その日の夜10時。
「ふぁあ〜…ねむ」
俺はラーメン屋の3階にある部屋で、床に就こうとしていた。
「よっ、カルト」
先に部屋に帰ってきていた同居人のソルト…日本ではアオ、が軽く手を挙げ、俺の名前を呼ぶ。
「ちょ、誰が聞いてるか分かんないんだから、普段からもうアオイって呼んでって…」
「はは、悪い悪い」
ソルトは笑いながら、そういえば、と口を開く。
「今日、更衣室にいる時間、やけに長かった気がしたんだが。何かあったのか?」
今日のことを思い返し、ああと手を叩く。
「1年くらい一緒に働いてる、レイ・ノーヴァ君っているだろ?」
「ああー…オレ、話したことねぇや」
どうやらソルトは仕事でも話したことがないらしい。まぁ、レイ君は接客で、ソルトは厨房だからな。俺はレイ君と同じ接客だから、何度か話したことがあったけど。従業員も15人程いるし、場所が違うのなら話したことがなくてもおかしくはない。
「そのレイ君に更衣室で話しかけられてさ」
「へぇー、何喋ったんだ?」
俺は部屋のドアを少し開け、周りに誰も居ないことを確認する。
「俺、偶に平和(フリーデン)の常識で喋っちゃうことあるだろ?レイ君はそれを不思議に思ってたみたいで。どこの知識なんだって聞いてきた」
「怪しまれてんじゃねーか!?」
「いや、適当に誤魔化したから、その点に関しては全然大丈夫なんだけど…」
「な、何だよ、その点に関してはって」
俺は、意を決して、それを口にした。
「それが…レイ君が!ものすごく!可愛いんだ!!」
「…は?」
ソルトは目を見開き、素っ頓狂な声を上げる。
「いや、何言ってんだお前…つーか、さっきからレイ君って…そんなに親しくなったのか?」
「俺がレイ君の質問の返答に困ってたらな…レイ君、急にあわあわし出して…その仕草がもうホント可愛くてな…!!」
俺があの光景を思い浮かべながら意気揚々と語っているのを尻目に、ソルトは口をぽかんと開き、顔をヒクヒクさせている。ドン引きしているのがよく分かる。
だがしかし、そんなので俺は止まらない。
「身長低いし…150ぐらいか?それに可愛い目してるんだよ、近くで見ると。大きくて、ちゅるんって感じの。体も華奢だし、守ってあげたくなるっていうか、母性本能がくすぐられるっていうかさ…。はああぁあホント可愛かったなぁ…レイ君」
ソルトが、見るからに重そうな口を開く。
「お前…………控えめに言って、ドチャクソキモいぞ………」
「気持ち悪いとは何だソルト!」
無意識に大声を出していた。
「お、おま声デカ…」
「あの可愛さを目の当たりにすれば、誰だって悶絶するハズだ…明日ソルトもレイ君と話してみればいい!!」
「おぉう…」
「今日仲良くなったんだ、レイ君呼びの許可も貰った!そうそう、これから話しかけてもいいかと聞いた時の照れっぷりも…」
すると、部屋のドアがコンコンと音を立てる。その音で、俺は現実に引き戻された。
「やっべえぞ、聞かれたんじゃねぇの」
ソルトの心配の声を聞きながら、ドアを開ける。
「あ…」
ドアを開けるとそこにいたのは、
「アンタら、うるさい」
隣の部屋に住む、ナナだった。
「良かったああぁああぁぁぁあー!」
「だからうるさい!夜の何時だと思ってんの!?声筒抜けだかんね!?カ…アオイがどれだけノーヴァのことキモい目で見てんのかよーく分かったわ!アンタマジで…ほんっとう、キモい!!」
ナナは控えめな声量で、だがしかし勢いはいつもの2倍増しで、軽蔑の意を込めた目で、キレる。
「ごめんって」
「分かったなら、静かになさい!」
「はーい、またねー」
「まったく、もう…」
ナナはぶつくさ文句を言いながら出ていった。
「あんなに怒らなくてもいいよなー」
「いや怒るだろ、普通…ってかオレら、いつもと立場逆になってるじゃねぇかよ…」
そんなソルトの言葉を華麗に無視し、勝手に電気を消した。
「おい、まだ布団敷いてすらねぇぞ…」
「はぁああ明日が楽しみだなああぁあ〜♡」
「…」
もうソルトから何も言われなくなった。
◇❖◇
翌日。
「ほわぁああ11時だー!」
「気持ちワリィなもう…」
ついにレイ君が出勤する時間になった!
厨房のソルトも引っ張り出し、玄関で待機。
すると、レイ君が引き戸を横にスライドし、姿を見せた。
「レイ君!おはよう!!」
元気よく挨拶をする!
「あ、アオイ…おはよう…」
「オイ、コイツ引いてんぞ…」
そんなことない!!
「紹介するね、コレは俺のダチのソ…じゃなくてアオ!仲良くしてやってくれ!」
「コレ呼ばわりかよ!?」
「…よろしく、アオ」
控えめに手を差し出す仕草も可愛い…!!
「よろしくな、レイ。昨日アオイから何となく話は聞いた。…アオイには気をつけたほうがいいぞ…困ったら何でも言えよ!?」
ソルトは手をがっちり握り、レイ君によく分からないことを告げる。
「?あ、あぁ…分かった、ありがとう…?」
「アオ!よく分からないことを言ってレイ君を困らせるな!」
「るっせぇんだよアオイは黙っとけ!」
「あの、着替えたいんだが。更衣室に行ってもいいか?」
「あ、すまん」
「俺も行く!!」
更衣室で長くレイ君と話したい!
「な、なぜ…?アオイはシフトが入っているんじゃないのか?アオ、も…」
「アオは知らないけど、俺は昨日、シフトをずらしてもらったんだ!」
「そ、そうなの、か……?」
「…もう戻るぞ、オレは」
呆れたような顔をして、ソルトは厨房に戻った。
「…アオイはどうしてシフトをずらしたんだ?何か用事でも出来たのか?」
「うん!!」
レイ君とお喋りするという用事が!
「そ、そうか…」
そんなことを喋りながら更衣室に移動し、着替えるレイ君を眺める。
「…アオイ?」
「何かな?レイ君」
「そう、ずっと見られていると、着替えづらいんだが…」
「あぁ、ごめんごめん」
ちょっと見過ぎたか…。少し視線を外す。
「というか、用事が出来たんじゃないのか?」
「うん!!レイ君を眺める用事だよ!」
「…どういうことだ…?」
「そのままの意味だよ?」
「アオイは不思議なところがあるからな。あまり深く考えない方がいいのかもしれん」
そのとき、レイ君が少し微笑んだ。
これは、可愛いッッッッッッッ…!!
「もっかい!」
「ん?」
「今の顔!もう一回!写真撮るから!」
「そんなに変な顔をしていたか…?写真って…」
「違うけどもう一回!」
「…んー…こんな、感じか……?」
レイ君がほんの、ほーんのすこーしだけ、口角を上げた。可愛い。口角ちょっと上げただけでこんなに可愛さが増すなんて。すかさず、ノブオから借りているスマホのシャッターボタンを長押し、連写。
「なんかすごいカシャカシャいってたが…そんなにたくさん撮ったのか?」
「決定的な一瞬は見逃したくないからね!」
「そう、なのか………?」
勇者である僕は、『魔王』ノヴァ・ストラに、復讐を果たす。いるかどうかも分からない相手に復讐を果たす、傍から聞けばそれは無茶苦茶なことだろう。しかし、何があっても揺るぐことのない決意。絶対に果たすと、ソルトとナナと誓ったんだ。出来る限り苦しめ、俺たちが味わった苦しみ以上の責め苦を。アイツに『恐怖』を味合わせる。
日々そればかり考えて行動してきた。が、今現在、何の手掛かりも得られず、早々に心が折れそうになっていたところである。
そんな俺は、レイ君という癒しを見つけた。この癒しを心の糧に、これからも魔王への復讐に尽力していきたいと思う。
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