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6.どうして
日本に来てやや4年。今日、僕、レイ・ノーヴァは成人した。日本での成人年齢、20歳に達したからである。ちなみに、暦は平和(フリーデン)と全然違ったため、誕生日が分からなかった。ので、適当に僕が転生してきた日…日本の暦で10月11日にしておいた。
まだ僕の正体はシズに話していない。まぁ、話すつもりは毛頭無かったし、今後も話すことは無いだろう。
「レイ君、成人おめでとー!!」
「うわっ…」
起床し、まだ覚めない目を擦りながら食卓に行くと、シズが大声で叫んで、僕に抱きついた。
「私の家に来て4年だねぇ〜!いやー、時が経つのって早いねー…」
「あぁ…それに関しては同感だ」
これは本音である。あの三人衆も僕もまだバイトを続けているが、あーだこーだしているうちに4年もの月日が流れてしまった。結局三人の正体は分からず、無駄に仲良くなっただけ。シズもどこかに就職したらしい。
「ねぇねぇ、成人式とかあるの?1月に」
シズは僕を離して食卓につき、そんなことを聞いてきた。僕も食卓につく。
「え…」
セイジンシキ…?1月…?…平和(フリーデン)にもあった、成人の儀と同じようなものか…?だが、あれは家族が居ないとまず出来ないものだ。
「いや、ないと思う」
知らんけど。無いだろ多分。
「そうなの?」
「家族は居ないから」
「え、それ関係…ってごめん、辛いこと思い出させちゃったかも…」
「あ、いや、大丈夫だ。別に悲しくないし」
僕が僕の意志で殺したんだから。
「…」
シズは未だに申し訳無さそうな顔をしている。どうにか弁解出来ないだろうか…。
「本当だ」
説得力の無さに自分でも驚く。どうすれば良いんだ、こういう時。
「あの…嫌な気持ちにさせちゃうのは承知の上なんだけど…詳しく、聞いてもいい…かな…?」
親が居ないことについてか…?どうしようか…自分が殺したなんて絶対に言えない。心苦しくはあるが、適当に捏造するか。
「あー…えっと、僕が…そう、16の時…シズに拾ってもらう少し前に、全員殺されんだ」
「っそ、そう…だったんだ…でもレイ君は…無事だったんだよね…?」
「えっと…ちょうど外出していて…僕だけ、助かったんだ」
声も変えることができる変化魔法を使い、僕の声を少し低くする。リアリティを増すのだ。僕なりの演出である。
「家に…入られたってこと…?」
「そう。僕が帰った頃には、もう、全て失っていた。遅かった…」
「犯人、捕まったの…………?」
「いや、まだだ。多分、捕まらないと思うがな」
「な、何で…何でそんなこと言うの!?捕まるかもしれないのに…」
シズが机に手をついて激昂する。
「何も残らなかったからだ」
「え…」
「家ごと燃やされたんだ。僕ん家は全焼して、何も残らなかった。幸い、周りの家には燃え広がらなかったから、責められることは無かったけど。指紋やら死体やら何やら、全部が灰になった」
目を見開くシズ。
「そ……そう…。ご、ごめん、何も知らないのに怒って…」
「いや、投げやりな言い方をしてしまったのは僕だから」
「ご、ごめんね、変なこと聞いて…今日はレイ君が成人する、嬉しいはずの日なのに…」
シズは記念日に暗い話をさせてしまったことを謝る。
「大丈夫だ。僕の心は揺らいでないから」
本当のことである。クソ両親のことなんて、殺した、という事実以外ほとんど覚えていない。
「…そっか、それなら…よかった……」
真っ直ぐシズを見つめたからか、多少説得力があったのだろう。いつもの声のトーンに戻りつつある。
「さ、ケーキあるから、食べようっ…!」
「ケーキか…」
日本に来て初めて知った菓子である。綺麗で食欲をそそる見た目をしている。ひたすら甘くて、僕は正直苦手なのだが。
「ふっふっふ…」
そんなことを考えていると、シズが気味悪く笑いだす。
「…何だその笑い方は…」
「ふふふ…ちょっと待ってなさい…」
「あ、あぁ」
シズがキッチンに行き、冷蔵庫を開けて何かを取り出す。
「じゃーーーーーーん!」
そんな効果音と共に机に置かれたそれは。
「…ただのケーキにしか見えんな」
イチゴが乗ったショートケーキ。
「なんと!私の手作りケーキですっ!」
どうやらシズが作ったものらしい。だが、シズは料理全般が苦手である。だから僕が作っているのだが。
「料理はそんなに得意じゃなかった記憶があるのだが…」
「だ!か!ら!頑張って作ったのっ!素直に喜びなさい!!褒めなさい!!」
怒られた。まぁ、頑張って作ってくれたことに関しては、褒めるべきだな。
「すまん。シズはすごいと思う」
「ふっふーん!でしょでしょ!?しかも何とこのケーキ…」
まだ何かあるのか。
「お砂糖控えめなんでーす!つまり…」
「つまり」
「そんなに甘くありませーん!レイ君の好みにピッタリです!」
柄にもなく驚いてしまった。シズは、僕の好みを分かっていたというのか…?
「し、シズ…分かってたのか…」
「分かってたに決まってるじゃん!レイ君、買ってきたケーキ食べてるとき、笑顔じゃないもん!ホントに美味しいもの食べてるときは、ちょっとだけ口角上がってるんだよ!」
そんなところまで観察していたのか…。自分でも顔に出したつもりはなかったんだが。
「…驚いた。そんなに僕のこと見てたのか」
「そうだよー!」
「…怖」
「なっ!?」
「冗談だ」
「レイ君、真顔で冗談言うから分かんないよー!」
「はは」
「おおお笑った!?」
シズは感情豊かで、思わず笑ってしまうほど面白い。シズのコロコロ変わる表情を見ているのが好きなのだと思う。
「シズの顔は面白いからな」
「え、私そんなに変な顔してる!?」
「いや、違う。可愛いなぁと思って」
幼子を見ているかのようで。
「へっ…!?」
「ん?」
「や、今、可愛いって……!?」
「あぁ、言ったな。どうした?」
「…ううん、ちょっとびっくりしただけ。大丈夫!」
「そうか」
この後は、シズが作ったケーキを美味しく食べ、バイトに出掛けた。
ラーメン屋の引き戸をガラガラと開けると、アオイが飛び込んできた。
「レイ君!!誕生日おめでとーー!!」
「あ、アオイ…毎年ありがとうな」
3年前に仲良くなってから、去年、今年と祝ってくれる。アオイの誕生日は10月15日らしく、去年、プレゼントとしてゆるキャラのクッションをあげた。いいものをあげたつもりだったが、何故か笑われた。
「ついにレイ君も成人だね!お酒飲めるんだ!?」
日本では、酒は20歳からだったな。平和(フリーデン)では16歳からだったが、飲んだことは無い。
「あぁ、そういう事になるな。まぁ、飲む気はあまりないが」
「でも、しっかり者のレイ君にアルコール入ったらどうなるのか気になるなぁ」
「それは分からんな」
そんな話をしていると、後ろから女性の声。
「それは私も気になるわね」
「ナズナか…」
どうやら店の前の掃き掃除をしていたらしい。来るときは気が付かなかったが。
「誕生日おめでと、レイ」
「ありがとう、ナズナ」
「これ、私たちからの誕生日プレゼント」
ナズナから薄い青色の袋を手渡される。
「ありがとう」
袋を受け取った。少し重たい。
ちなみにシズは今夜渡してくれるらしい。去年はスマートフォン、一昨年はイヤーカフスだった。イヤーカフスは、シンプルだがカッコよくてかなり気に入ったため、常に身につけている。
「これ、開けてもいいか?」
「うん!開けて!」
了承を得たので、リボンを解き、中身を取り出す。
「服…?」
「そう!服!レイ君に似合うかなって思って、俺らで選んだんだー」
広げてみると、カジュアルよりな服。服には興味が無いので、これがオシャレなのかはよく分からないが、僕のサイズにピッタリに見える。服のサイズを聞かれた記憶は無いため、考えてこのサイズを選んでくれたのだと思う。ありがたいな。
「どう?気に入った?」
「あぁ、あまりこういう系統の服は着たことが無いんだ、似合うか不安だが、明日にでも着てみることにする。ありがとう」
「絶対似合うよ!俺らが選んだんだから」
「そうよ!」
「似合うか、ありがとう」
そうそう、アオイたちには、去年ミサンガとやらを貰った。一昨年はまだそれほど仲良くなかった。
ミサンガとは、切れたら願いが叶うと言われている紐で、去年の今日、ここで左足首に結んでくれた。特に願いは込めていないが、青と紺の紐が入れ混じったこれは、まだ切れていない。
その時、アオが厨房から叫んだ。
「レイ!ハッピーバースデー!」
忙しそうだが、こちらを見つけてくれた。手を上げて応じる。
すると、それを聞いていた食事中の常連たちが、一斉にこちらを振り向く。
「おぉっ!?そういやレイ坊は今日が誕生日だったか!」
「20だとよ!おっきくなりよって!!」
「身長は変わってないがな!ガハハ!!」
「確かに見た目はちっせぇままだな!」
「身長は関係ないっ…」
口々にそんなことを言うので、ついムキになって反撃してしまった。魔王ともあろう僕が、情けない……。
「ガッハハ!レイ坊、酒は呑んだんか酒は!?」
「いや、まだ…。飲む気もないな」
常連客にはタメ口である。
「なんでぇ勿体ねぇなぁ…早く呑めよ!」
「気が向けば」
そんなやり取りをして、いつも通り仕事に励む。
アオイが、常連客の来るたびに、
「今日でレイ君が20歳なんですよー!」
と言いふらしており、気恥ずかしくなったので途中で止めさせた。
家に帰ると、シズが数箱の段ボールを背に、玄関に立っていた。
「おかえり、レイ君」
「…あぁ、ただいま、シズ」
恐らく、住まわせてもらう時に約束した…
「成人するまで、だよな」
「…そう」
シズの声が暗い。どうしたのか。僕がバイトに行く前はあんなに元気だったというのに。
「声が暗いが、大丈夫か?」
「…新しい住まい、あるの?」
こちらの質問には答えず、逆に、僕に質問を投げかけるシズ。
「あぁ、ノブオのところに話を通している」
二月ほど前に、ノブオに相談したところ、ウチでいいと言ってくれたのだ。本当に器の広い男だと思う。
「…そっか」
「大丈夫か?というか、荷物まとめてもらって悪いな。自分でやろうと思っていたんだが…ありがとう、助かった」
口早にそう告げ、段ボールだけ全て回収し、収納魔法でノブオのところに運ぼう、そんなことを思案していると。
「ねぇ…なんで?」
「何がだ?」
「なんでそんなに…平気そうなの?」
声に怒気が垣間見える。なぜ…?平気って…何がだ?
「怒っているのか?どうして?」
「…別に、怒ってない」
「その態度だと、どうしても怒っているように見えるんだ。声も暗い。どうしたんだ?職場で何かあったのか?」
今日は、シズは仕事が休みのはずだが。
「違うよ!」
突然、声を荒げるシズ。
「…落ち着け」
「落ち着いてる!」
「それを落ち着きがないというんだ」
仕方がないからズボンのポケットに左手を突っ込み、バレないようにしてから、精神干渉魔法を使って、シズの感情の波を少し抑える。
「…あれ…」
「落ち着いたか?」
「……うん」
「どうしたんだ?何か僕に言いたいことでもあるのか?」
シズが落ち着いたことを確認し、目的に触れる。
「…うん」
「何でも聞くぞ?」
「ありがと…」
シズは手遊びをしながら、話し出す。
「この家に住むのは、レイ君が成人するまでって…言ったよね」
「あぁ」
「レイ君がバイトに行ってから、それを思い出してさ。レイ君の部屋の荷物を整理し始めたらね…どうしても、レイ君がうちを出ていっちゃう、っていうのを実感させられて…。嫌になった。だってレイ君がうちを出ていったら、もう私と関わること、無くなっちゃうじゃん。そんなの、寂しいじゃん。連絡先は持ってるとはいっても、そんなに頻繁に連絡することはないだろうし…」
「どうしてそんなことが言い切れるんだ?」
「え、だって…。そんな頻繁に連絡取り合うのって、その、恋人同士ぐらいじゃない?だから…」
「恋人じゃないと頻繁に連絡を取ってはいけないなんて、誰が決めたんだ?」
「え…」
「そんな法律もなければ、ルールも礼儀も体裁もない」
「そ、それはそう…だけど…」
言葉に詰まるシズ。
「…僕だって、寂しいと思うよ。4年も僕を養ってくれた人と離れてしまうなんて、心苦しいものがある」
「そう、なの…?レイ君も…?」
シズは顔を上げ、希望を見つけたかのような眼差しで、僕を見つめる。
「そりゃそうさ。僕はロボットじゃない」
その時、シズがふっと笑う。
「ふふっ…レイ君って、ホント顔に出ないよね」
「…元々だ」
元気になって良かった。
「ねぇ」
「何だ?」
シズは可憐な笑みを浮かべて、言った。
「まだ、ここ、居てくれる?
…プレゼント、受け取ってくれる?」
「もちろんだ。何を当たり前のことを」
「ふふっ…ありがとう」
◇❖◇
翌日、更衣室にて。
「おいアオイ!またサボりやがって!とっとと仕事戻れ!ほら!」
「いーやーだ!俺はまだレイ君といるのー!ねー?レイ君!」
「僕と居たいと思ってくれるのはありがたいが、仕事には戻った方がいいんじゃないか…?」
「戻る!」
「切り替えの早さな?」
「レイ君に言われたから」
「レイが原因かよ」
「アオが怖かったのもある。まるでまお…っ」
突如、沈黙。僕は制服に着替え終わった頃。アオイは口を中途半端に開いたまま硬直し、アオは目を見開いて、呆然と、ただしっかりと、アオイを凝視する。
何が…アオイは一体、何を言おうと…?
「アオイ?アオ?どうしたんだ?」
「っあ、あぁ…ごめん、大丈夫」
「っ…すまんな、レイ」
呼びかけると、虚ろだった二人は、はっと我に返ったようだった。
「いや…何かあったのか?アオイは…何を言いかけたんだ?」
「ううん、何も…言い間違えそうになっただけ」
「そうか…?」
「気にすんな、レイ」
「あぁ…」
気にするなとは言われたが、明らかに二人の様子は変である。
『まお…』って…何だ…?
その時、僕の頭に一つの単語が過る。
そう、『魔王』。
かつての僕が呼ばれた名。平和(フリーデン)の人々なら、この名が聞こえれば反射的に振り向く。その名を呼ぶことさえも悍ましく、忌まわしい。
平和(フリーデン)を絶望のどん底に叩き落とした、悪魔、いや、化物の名。
アオイは恐らく、『魔王』と言いかけ、口をつぐんだ。『魔王』という単語に過剰に反応する奴なんて…僕の知る限り、平和(フリーデン)の民だけ。
僕は今、確信に近いものを感じた。
アオとアオイは…元、平和(フリーデン)の民だ。恐らく一緒にいるナズナもだろう。
「レイ君?大丈夫?」
「あぁ…」
「じゃ、仕事行こー!」
…アオイ、アオ、ナズナ。みんな、僕が殺した。いや、元々分かっていたこと。後悔なんて…するだけ無駄だと、無価値だということは、僕自身が一番分かっていることじゃないか。
「アオイ」
「ん?」
「お手洗いに行ってくるから、先に行っておいてくれ。すぐ行くから」
「そう?わかった、じゃあ先に行ってるね」
適当なことを言って、更衣室に一人にしてもらう。
アオイが出ていったことを確認し。
「…なんで…」
口から漏れる本音。
「よりにもよって…」
これが、罰か…。平和(フリーデン)という『美しい世界』を壊した、罰か。
「ハハッ…」
乾いた笑い。
アオイたちは、僕を心の底から憎悪し、恨んでいるだろう。殺した人々の骸は、嫌ほど見た。みんなみんな、憎悪の感情を宿していた。
「当たり前だ」
…アオイたちの本当の名前は、何というのだろう。殺した人々の名前なんて覚えちゃいないから、聞いても分からないと思う。
でも、知りたいと、そう思った。
その名前を奪ってしまったのは僕だから。その名前で生きる権利を剥奪したのは僕だから。
僕は、願わくば本当の名前で生きる権利を返してやりたい。
それは厚かましい願いだ。僕の都合で、僕が一方的に、僕が力で奪ったものなのに、返してやりたいだなんて。本当に、厚かましい。
…どうして。
「なんでっ…なんで、アオイたちなんだっ…よりにもよって…なんで…」
…どうして。
なんで僕は壊した?
どうして僕は、あの美しい世界を壊した?
「『あのまま』でも…別に、良かったんじゃないのか______?」
どうして。
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