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ついこの間…一昨日、日本で出来た知り合いの中で一番仲の良い、レイ・ノーヴァ君が20歳になり、成人した。 俺も適当に設定した誕生日、10月15日が明日に迫っているため、もうすぐ成人だ。 ちなみにソルトとナナはそれぞれ俺の翌日、俺の一ヶ月後に設定してある。ちなみに俺は去年レイ君にゆるキャラのクッションを貰った。それとソルトには鎖のネックレス、ナナには香水をあげていた。え、俺だけなんか…なんか…とは思ったが。 てかゆるキャラよりレイ君の方が可愛かったな。 俺たち三人は、『魔王』であるノヴァ・ストラの情報を求め、この4年間ひたすらに走ってきた。だが、ほとんど情報は得られず、もう魔王は死んでいるのだと、日本にはいないのだと思うことも幾度となくあった。 でも、魔王はこの世にいる。根拠なんてものは、無い。半分…いや、もう九割は意地だ。 「…諦められるワケないじゃないか…」 この4年間、必死でやってきたんだ。諦めきれる訳が無い。 それに、何も残っていなかった訳じゃない。 僕の体に、魔王の魔力が残っていたのである。 これはナナが見つけてくれた。 勇者であった俺は、魔王に完敗だったわけだが、その時喰らった攻撃に乗った魔力。それが僕の体に残っていたのだ。 魔力には、『魔素』といい、指紋のように、他の人と絶対に同じにならない紋様のようなものがある。これはナナが得意とする鑑定魔法を通じて、魔王の複雑な魔素を長期間かけて分析し、おおまかな魔素が判明した。 今現在、ナナがこれと一致する魔素を持つ魔力を探すため、探索魔法を習得しようと日々練習に励んでくれている。これは非常に困難なことだ。 基本、新しい魔法を覚えるには、一流の魔法研究家が書いた教本を用いて、毎日毎日、目の眩むほど訓練しても、いくら早くても3年、運が悪ければ一生習得出来ないなんてこともある。 日本には魔法教本なんてものは無い。ましてや、元々戦闘専門でもないナナは、基礎魔力量が常人より少ない。 ナナは魔力の消費を最低限に抑える術を自分にかけながら人より少ない魔力量をカバーしつつ、持ち前の頭の回転の速さで、自分の持つ魔法の式を応用し、 『探索魔法を作り出そうとしている』。 人よりかなり多い魔力を持つ俺が習得出来れば良いのだが、俺はナナほど頭が良くない。魔法は感覚的なところがあるため、人に教えるのも難しい。 ナナにはものすごい負担をかけてしまっている。今も、隣の部屋からブツブツと声が聴こえる。 申し訳無くて、こんな自分が情けなくて、苦しい。 ナナはいつも『大丈夫』と笑ってみせるが、幼馴染の俺とソルトが、その純真な目の最奥に宿る疲労を見逃すわけがない。  『勇者』のクセに何も出来ない俺。 だれよりも魔法が得意なんだろ?だれよりも剣技が得意なんだろ? 『勇者』だぞ? たくさんの人々を助けるんじゃなかったのか?守るんじゃなかったのか?救えるような存在に…なるんじゃなかったのか? 平和(フリーデン)に…平穏を約束したんじゃなかったのか? もう二度と…『あんなこと』、起こさせはしないと。 なんで…こんなことになってるんだ? 「何が…誰が、ユウシャだよ…っ」 悔し涙が、布団にぽたりと零れた。 ◇❖◇ 目を覚ますと、ソルトの顔面。 「お、起きたか!」 「あぁ…」 「ハッピーバースデーカルト!!」 「あぁ…」 まだ意識が覚醒しない。目も半開きだ。 「おーい?起きろよカルト!」 「あぁ…」 「さっきから『あぁ…』しか言ってねぇぞお前…。今日はお前の成人する日、だろ?」 「あぁ…そうか…そういえば…」 ようやく脳が機能、上半身を起こす。 「おめでとさん」 「あぁ、ありがとう、ソルト」 着替えて下に降りると、ナナとノブオがこちらを向く。 「あ、アオイ!おめでとー!」 「よっすアオイ!おめーもついに成人か!」 「ありがとうございます…」 なんだがむず痒い。 ノブオは仕込みへキッチンに入った。 「これ、プレゼント!」 「オレたちからのな!」 ナナから小さな紙袋を受け取る。 「おお、サンキューな」 ナナをちらりと見ると、こくりと頷く。開けてもよいということだろう。 紙袋の中に煌めいていたのは… 「指輪…?」 「そ、指輪。アンタ、律儀にずーっと『それ』はめてるでしょ?今更だけど、勇者なんてもうどうでもいいんだから、もっとカッコいいこっちの指輪にしなよー!」 「あ…そういえば、そうだな」 俺が10歳の頃に先代勇者から受け継いだ、『勇者』の証の指輪。くすんだ金の輪と対照的に、何代も受け継がれてなお輝きを失わない赤の中石。日本でも、仕事中以外は常に身につけている。律儀に…というよりは、つけて外すのがクセになっているだけだが。 「確かにこの指輪は…いいな」 ナナからプレゼントされた指輪は、銀と黒が混ざり合ったような色の輪に、紺色の小さな中石。勇者の指輪と違って派手じゃなくて、シックでカッコいい。 「でしょー?そうそう、油が飛んでも大丈夫な素材のやつを選んだから!カルトもう『勇者』じゃないんだから、こっちにしなよ。」 最後の一言は控えめな声量で、しかしはっきりと告げられた。 「…ありがとう、ナナ」 「ソルトもだよ。ソルトと一緒に選んできたんだから」 「だぜ!」 「だな、ソルトも、ありがとう」 「まぁ、選んだのは私だけど」 「おい!」 「だよな、ソルトがこんなカッコいいのを選べるわけない」 「ちょっと、酷いでしょ〜」 ナナとけらけら笑う。 「お前ら失礼だぞ!?それに、一緒に会計しただろうが!」 「…それってお金払う以外、何もしてなくないか?」 「…んなことねぇよ!」 「ちょっと間あったけど?」 「るっせえんだよ黙って受け取れ!」 「はは、そうだなー、ごめんごめん」 ふと思った。ナナとソルトとバカ言って笑い合ったのは、久しぶりかもしれない。日本に来てからはひたすらに『魔王』を求め、冗談を言い合っている暇なんて無かった。平和(フリーデン)でも、俺が勇者に選ばれてからは、ナナとソルトと口を交わすことも無くなった。 「久しぶりだね」 ポツリと、ナナがそんなことを呟いた。 「…そうかもな」 「だな」 ◇❖◇ ついに11時!レイ君の出勤時間である! 「誕生日にレイ君に会えるなんて、幸せすぎない!?」 「アンタのレイ好きは4年経っても変わんないわねー…」 ナナにそう言われた!一途ということか! 「ありがとう!」 「褒めてないけど」 引き戸が開いた。レイ君はこちらを見つめ。 「アオイ…」 「レイ君!おはよう!」 「あ、あぁ…おはよう、アオイ。それと…」 レイ君は一呼吸置いて。 「ハッピーバースデー、アオイ」 「ああぁああありがとおおおぉおお!!」 「うわっ」 上目遣い!見た!?今!上目遣いだよ!? 俺の心臓が悲鳴を上げている。 思わず全力で抱きついてしまったじゃないか。 「あの、プレゼント、あるんだ」 感情の波の最高潮にいる時に、衝撃の事実が告げられた。 「ほわあぁああぁ本当に!?」 俺の感情、大爆発。 「あ、あぁ…とりあえず離してくれ」 「あ、ごめん!!」 レイ君に巻き付けていた腕を解く。 「これ」 レイ君は、肩から下げていた鞄の中から、小さな小包を取り出し、僕に差し出す。 「ありがとおぉおおー!開けてい?」 こくりと頷くレイ君。可愛い。 小包に巻かれたリボンを解き、出てきたのは…。 「…これは…」 赤い小さな布の袋。紐が付いていて、何かに付けられそう。 「御守り」 「おまもり…」 知らないな…日本のものか。 「アオイの願いを叶える助けになるんだ」 「俺の願い?」 「あぁ。それの中にな、白い石が入ってるいるんだが…」 赤い紐を引っ張ってみると、袋の口が開いた。ひっくり返し、手のひらに中身を出してみる。 「あ、本当だ」 純白の丸い石。日本の宝石屋で見た、真珠よりも綺麗な輝きを放っている。 「それを、両手で握って…」 言われるまま、両手で握る。 「胸の前に持ってきて、アオイの願いを何でも、念じてみてくれ」 「願いか…」 「頭の中で念じるというよりかは、その石に注ぎ込む感じで…」 「分かった…やってみる!」 おまじないみたいなものかな? 願いか…そんなの、一つしかないだろう。 『魔王に復讐が果たせますように』 それを強く強く、石に念じる。 「念じてみたよ」 「あぁ、そしたら石を元に戻してくれ」 袋の中に石を戻し、口を閉じる。 「これでいい?」 「うん、それでいい。後はそれを肌身離さず持っておいてほしい」 「おまじない的な?」 「…まぁ、そんな感じだ」 歯切れの悪い答えが返ってきた。 「これで願いが叶うのかなー?」 疑問に思いつつ、俺が冗談混じりでいうと。 「必ず、助けになる」 レイ君は、思わずたじろいてしまう程の真っ直ぐな瞳で、そう断言した。 「そっ…か…ありがと、レイ君!」 「いや、こちらこそ、せっかくの20歳なのに、小さいものですまないが…」 「ううん、嬉しい!ありがとう!」 こういうのは気持ちが大切だしな。 「そ、それなら…良かった。そういえば、ナナたちからはもう貰ったのか?」 気恥ずかしくなったのか、レイ君が話題を変えた。可愛い。 「あ、そうそう、指輪貰ったんだ!」 「指輪か」 「うん、これ!」 丁度身につけていた指輪を見せる。 「おお、色合いが何か、カッコいいな」 「でしょー?油がかかっても大丈夫な素材だから、仕事中でも着けてられるんだ。すごい気に入った」 「…今までは着けていられなかったのか?」 不思議そうに聞かれた。あ、そうか。今の言い方だとそう聞こえるのか。 「そうなんだよね。今までもお気に入りの指輪があって、それを着けてたんだけど…。油がかかっちゃうとマズイから、仕事中は着けてなかったんだよね。レイ君は見たことないのかぁ」 「そうなのか…」 「あ、今、部屋にあるから、持ってこよっか!」 そんな提案をする。 「いいのか?」 「うん!ちょっっと待っててー」 階段を一段飛ばしで上り、部屋の扉を上開け、布団の側にあった指輪を引っ掴む。 またしても一段飛ばしで下に降り、レイ君の元へ。 「これだよー!これ!」 くすんだ金色の指輪を見せる。 「すごいくすんでるけ……ど………?」 レイ君の方をチラリと見ると。 「っ……………………!」 驚愕の表情を浮かべ、目を大きく見開き、指輪を凝視している。 「れ、レイ、くん…?」 尋常じゃない様子に戸惑いつつ、声を掛ける。 「っあ、いや、すまん、何でもない」 レイ君は我に返った様だった。俺でも分かるほど、明らかに動揺している。 「大丈夫?」 「あぁ、くすみ具合に驚いただけだ」 「…そっか…」 嘘だ。そう直感した。 何だ?レイ君は…一体何に…?初めて見た、こんなに焦っているの。いつも冷静沈着、少しのことでは表情に変化がないハズなのに。 今見せた、勇者の証の指輪。これを見てこんなに驚くのは…平和(フリーデン)の民しかいない。伝説の一つに数えられる程だったし。伝説じゃないけど。 まさか、レイ君は…平和(フリーデン)に関係が…? 「と、とりあえず俺は仕事戻るね!御守りありがとう!」 「あぁ…」 手をあげて応じたレイ君の顔には、うっすらと汗が浮かんでいた。 その日は一日中、レイ君の焦りっぷりが頭から離れなかった。 ◇❖◇ 「ナナ!」 「な、何、カルト。ってか静かにして」 その日の仕事を終え、就寝前の22時。俺はナナの部屋に突撃した。 「今日、俺に指輪くれたろ?」 「うん」 「あの後、レイ君にもプレゼントを貰ってさ、ナナたちに何を貰ったのか聞かれて…」 「で?流れで勇者の指輪でも見せたの?」 いや勘良すぎる。天才ってすご。 「そ、そう、そうなんだ」 「それが…どうしたの?」 「レイ君…すごい驚いてた」 「は?何に?」 「指輪を見て、驚いてたんだ。とにかく、様子が尋常じゃなかった。汗かいてたし…」 ナナは一瞬、沈黙し。 「それは…勇者の指輪を知っていたということ…?」 「た、多分。あの様子は、知っているようにしか見えなかった。もしかしたら、レイ君は…」 「平和(フリーデン)の民かもしれない…ってこと?」 「…うん」 ナナはもう一度、沈黙。 「…私たちがここで話し合ってても、真実は分からないわ。でもカルトがそこまで言うなら…何かありそうね」 「あ、あのさ…」 「何?」 俺の考えうる中で、最悪の可能性。 「もし、もしも…もしもだけど…      レイ君が……魔王だったら…?」 ナナは微笑を浮かべて。 「大丈夫よ、魔王なわけ無いじゃない。確かにそんな根拠は無いけど…魔王は、化物だから。人間じゃないもの」 「だ、だよな…?」 「ええ、大丈夫」 「…そうか」 ナナにそう言われたことで、安心した。 だよな。レイ君が魔王なんて無い。心配事の80%は起こらないって、ナナも言ってたし。 しかも残りの20%の内の16%は、事前に対応しておけるものって。 つまり、実質心配事の96%は起こらないわけだ。 「だよな、そんなわけないよな!」 「元気になったみたいで良かった。おやすみなさい、カルト。レイのことは頭に入れておくから」 「あぁ、また明日な!」 そう言葉を交わし、俺はナナの部屋を出た。 寝巻のポケットに入れた御守りを取り出し、強く握りしめる。 「そんなわけない…考えすぎだな。疲れてんのかなー、俺」 ポケットの中に御守りをしまい、俺は部屋に戻って、床に就いた。 ◇❖◇ それから、約3ヶ月後。 「カルト起きろー」 「カールートー!!」 「…あ…?何…」 目を覚ますと、ソルトとナナが必死で俺の肩を揺さぶっていた。 「早く起きて!」 「起きてるっつーの…何…?」 「やっべえぞカルト!」 ヤバいのか。 脳を働かせようと、上半身を起こす。 「聞いて!」 「聞いてる」 「喋るよ!?」 うるさいなホント。まぁこの声のお陰で脳が覚めたが。 「で、何?」 「探索魔法、習得した!」 「…え?」 「だろ!?やべぇだろカルト!?」 「それは…」 俺たち…いや、ナナだが…の努力の結晶じゃないか…!? 「う、嘘だろナナ!?ホントか!?」 「そんなしょーもない冗談言わない!」 「ほ、本当か…」 「もうすっごい頑張ったの! 毎日毎日、ずーっと式を考えて…」 「見てみろよカルトこのノートの量!」 ソルトに腕を引っ張られ、ナナの部屋に連れられる。 「わ…」 本当に、ノートまみれだった。ざっと数えても100冊はあるだろう。こんなに…。 一番近くにあった1冊を手に取り、ペラペラとページをめくる。 「すごっ…」 もう、全てのページが真っ黒だった。俺が見たところで何もわからない。知らない記号、式がびっしりと書き連ねられている。 「これだけやって、やっとモノにしたの」 「つ、使ってみたのか!?」 「いや、まだ」 「そりゃ、我らが勇者様がいるときにサーチしてみなきゃ、意味ねーだろ?」 「お前ら…」 ふいに、涙が零れた。 「ちょ、カルト何泣いてんだよ」 「だって、だってさ…」 「…私が探索魔法の練習をし始めた時から、わかってた未来じゃない」 ナナだから言える、強気な台詞。 今はそれが、心地よかった。 「…そうだな」
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