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吾輩はクロである。その他の名前は忘却の彼方だ。
新しい住処は広々としていて悪くない。特に日が高くなってからの縁側は、極上の心地よさだ。
「クロ、ちょっとおいで」
その声を聞いて、吾輩の尻尾が警告を発した。これは、何十日かに一度、彼女が出すあの声だ。ここに住むようになって、唯一の恐怖、〝しゃんぷー〟の時間だ。あれをやられると、確かに体がさっぱりして毛並みが良くなるのは知っている。だが、あの洪水地獄は生命の危険を感じるのだ。
吾輩は全身を使って抗議の意を示したが、彼女は手慣れたもの。あっさり拷問部屋に拉致されてしまった。
ずぶ濡れになった体を拭かれながら、吾輩は思った。この家に彼女は一人きり。かつて彼女を泣かせた者がいることはなんとなくわかっている。どこの誰だか知らないが、吾輩は不届き者から彼女を守ろうと決めていた。そのためなら、多少の拷問も甘んじて受けよう。
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