猫のお引越し

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 さらに別の日、彼女はにやにやしながら吾輩の前にしゃがみこんだ。 「クロ、今からおやつをあげます。ただし〝待て〟が出来たらね」  彼女はそう言うと、隠し持っていた細長い袋を差し出した。ヒゲが彼女の言葉を分析する。前に〝おて〟なるものを教えられたが、手を差し出しただけで彼女は大層喜んだ。彼女が笑うとなんだか気分がいいので、吾輩は求められるままに〝おて〟をしてやるのだ。 〝まて〟というのは、どうやら動かずにいることらしい。吾輩にかかれば、人間の言葉を理解することなど造作もない。したり顔をして見せたその鼻先に、彼女は袋をちらつかせた。  鼻から突き抜ける芳醇な香りが、全身を駆け巡る。吾輩としたことが、理性を失ってかぶりついていた。先日の〝ねこかん〟を超える衝撃だ。 「クロ、〝待て〟」  彼女が何やら叫んだが、気付いたときには袋を奪い取っていた。
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