猫のお引越し

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 吾輩は、かつて人間の家で生まれた。今となっては微かな記憶しかないが、幼い頃に母上から引き離され、もう一匹の兄弟と共に、この場所に連れてこられた。  その頃から貢ぎ物を持ってくる人間たちがいたり、近所に食べるものが転がっていて、腹を空かすことはなかった。  強烈な雨と風が吹いたある日、兄弟の姿が見えなくなった。好奇心が旺盛なあいつは、何が起こっているのか様子を見に行ってしまったのだ。  あいつの動いている姿を見たのはそれが最後だ。吾輩のヒゲはあいつが日が沈む方向に向かったことを教えてくれた。我々の種族には仲間がどこにいるのかを知る力がある。これは外敵から身を守るために神に授かったものだ。生きている限り、大体の居場所がわかる。  風に飛ばされ鳥にでも襲われたか、時折通る〝じどうしゃ〟とかいう鉄の車にぶつかったか。反応がなくなってしまった今、吾輩に知る術はなかった。
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