事後物件

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事後物件

 学生の頃以来、長らく住んでいたボロアパートから引越しをした。  就職して多少懐事情もよくなったので、小綺麗なマンションへクラスチェンジだ。  まあ、これまでのボロアパートも狭くて古くて汚い以外は特に問題もなく、一応、ユニットバス・トイレ付きだし、とにかく家賃は安いし、贅沢言わなければ「住めば都」といった感じではあったのだが、やっぱり新しいマンションの部屋はそこに比べて格段に良い。  日当たりはいいし、壁も真っ白で明るいし、間取りも二倍ぐらいに広いし、何より壁が薄くないので隣室からの騒音もなく静かだ。  その快適な新居に住み始めて数日後のこと。買い物から帰ったところで偶然、隣室の奥さんと部屋の前でかち合い、なんとなく挨拶した流れで立ち話になった。 「いやあ、ここのマンションはいいですねえ。毎朝寝覚めもいいし、住んでるだけで元気になる気がします」 「あらそう? 以前はどんな所にお住まいだったの?」  僕の素直な感想に、奥さんも自然とそう尋ねてくる。 「◯◯にある古いアパートだったんですけどねえ。まあ、住むには問題なかったんですが、とにかくボロいし汚いし騒音も煩くて」 「◯◯の古いアパート? ……それってもしかして、××って名前のとこじゃないわよねえ?」  その問いに、僕は何気なくそう正直に答えたのだが、すると奥さんは眉間に皺を寄せ、なにやら意味深な口ぶりで再び訊き返してくる。 「え? ええ。その××ですけど、よくご存知ですね」 「ええっ!? あそこに住んでたの!? あなた、よく無事ね? どこか身体に悪いところとかないの?」  なぜかそのアパート名はドンピシャで当たっていたので、少々驚きながらも僕が頷くと、それに輪をかけた驚きようで奥さんは頓狂な声をあげる。
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