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 遡北と紫亭の兄は沢山いたが、二人が特に慕っていた兄は子鳴(しめい)という。  普通、飢饉は幼い子から亡くなっていく。  だが、子鳴は孤児院で最初に亡くなった人だ。  子鳴はいつも笑って、お腹空いたと駄々を捏ねる子どもたちに餅を与える。  その中には紫亭も遡北もいた。  子鳴が死ぬあの夜、段々と体が冷たくなっていく骨と皮しかない兄の姿を見て、紫亭と遡北はやっとあの餅の由来に気付いた。  兄はいつもお腹空いていないと言ってちょっとの食事しかとらない。  そしてその余った雑穀を餅にして、紫亭や遡北たちに分けていたのだ。  遡北の読んだ書物も紫亭の知っている薬草の知識も、死に包まれゆく兄の前では何の効果も示さなかった。  自分達が兄の食事を食べてしまったから。  薬草に対する知識が少なすぎたから。  書物ばかりで何一つ現実を変えてこなかったから。  それぞれの想いが二人に、今出来る事をしなければという動力を与えたのだが、どちらにとっても思い出したくない苦い思い出だ。 「戻りましょうか」 「うん」  無言で二人は歩き出す。  部屋に戻ってから、遡北は口を開いた。 「あの……紫亭様が薬草の道に進んだのは人の命を救う為、ですよね?」 「そうよ」 「その中には孤児院の兄弟たちは含まれていますか?」 「当たり前じゃない。むしろ、兄弟達の命を救う為に頑張ってきたと言っても過言ではないわ。遡北も、そうでしょ?」  遡北は子ども達に不自由のない生活を送って欲しいと、ずっと言ってきたからだ。 「それはそうなのですが……」  珍しく遡北が言葉を濁す。 「あの、どうしてここの孤児院がこんなに恵まれていると思いますか?」 「決まってるじゃない。貴方がこの国の宰相となったから手厚く見て貰えたんでしょ」  話題を方向が変わった事に紫亭はやや面食らったが、遡北の問いに答える。 「ええ。だから、私がこの職を辞せばここは……」 「辞めるの?宰相を」 「まだ決まった訳ではありません。ただ、これを機に辞めたいです。けれど、主上はきっとこれを許さないでしょう。きっと連れ戻そうとします」
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