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「そんな大した事ではないのに。遡北ったら、大げさね」  考えてもどうしようもない事だった為、紫亭は笑い飛ばす事にした。  下手に期待するよりかはこっちの方がよっぽど楽である。 「私は真剣なのですが」  呆れた表情をしながらも遡北はそれ以上言及しなかった。  しばらく無言で歩いていたが、遡北はまた結婚の話を切り出す。 「紫亭様、結婚は基本的に貴女の言う通りに準備を進める予定ですが、私にも譲れないものがあります」  紫亭は遡北を見る。  遡北はやはり真剣な眼差しをしていた。 「何があっても貴女に辛い思いをさせたくない。私の願いはこれだけです」  それに、と遡北は表情を暗くする。 「貴女に名分をあげたいのです」 「名分?どうして?」  紫亭は思わず聞き返した。  これから王宮で暮らすのならば確かに名分はあったほうがいい。  ただ、遡北が自らくれるとは思っていなかった。 「貴女は私の唯一の妻となる女性です。名分がない方がおかしいと思いますが?」 「唯一の妻……?」  遡北はため息をついた。 「確かにこの国の男は複数の妻を(めと)る事ができますが、私の妻は一人で十分ですよ」 「でも権力が貰えるなら数名妻を娶るのも……」  紫亭はしどろもどろになる。  今後、遡北は必ず妻を娶るだろうという自分の考えに自信を失ったのだ。 「権力も財力も間に合っております」  やや強め言われて、紫亭の心の中の最後の自信も砕かれてしまった。  ひょっとしたら自分は遡北を誤解していたのかもしれない。  紫亭はそんな気がしてきた。  ひょっとしたら遡北は自分の事…… 「生涯貴女以外の女性を娶るつもりはありませんよ」 「遡北……」  冗談めかして言っているのではない分、紫亭はあまりの恥ずかしさでどう反応していいか分からなくなる。  それでも自然と口元が緩んだ。 「まあ、それでも貴女は誰も呼びたくないと仰るのでしたら私は従いますが……」 「……」  紫亭はまた俯いた。  相変わらず真剣な面持ちを見てそっとため息をつく。  真面目な遡北のことだ。  きっと婚姻に関しても真面目なのだろう。  だから式は盛大にやろうとする。  たとえ、その妻となる女を愛していなくとも……  自分以外の妻を娶らない事は自分が愛されるのと等しくはない。  たった今紫亭はその事に気が付いた。 「もうちょっと考えてみる」 「ええ、宜しくお願いします」  あっさりと食い下がる遡北を見て、やはりと、今度は大きめのため息をついた。 「私は、一体何を期待しているんだろう……」  遡北と別れ、紫亭は小さく呟いた。
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