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 宮中に戻り、寝台に上がってまもなく侍女(じじょ)が薬を持ってくる。  薬草をすりつぶして煮込んだ物だが、匂いも味も独特だ。  濁った茶色の液体はどう見ても人間が飲んでいいものには見えない。  誰だか知らないが、はじめてこの様な草汁を飲んだ人の勇気はすごいと、紫亭は薬を睨みながら思う。  紫亭は薬が好きだ。  だがそれは飲む側では無く、調合する側に回る時のみに言える。  患者の症状に合わせて薬草の種類を選ぶ。  症状の重さによって分量を決める。  僅かな差で患者を死に至らしめてしまう可能性があり、かつ選んだ薬草同士の性能がぶつかり合わない様に調整する必要がある。  言い換えればとても繊細な仕事なのだが、紫亭は驚くほどその仕事に向いていた。  紫亭が王宮に招かれたのもこの才能の為である。  孤児院を出た後、行く宛もなかった紫亭は彷徨(さまよ)いながら人々に診療していた。  ある時、訪れた村でいつもの様にそこにいる病人に診療をしたが、その中にはたまたま貴妃(きひ)の母がいたらしい。  貴妃はその事を知ってお礼をしたいと皇帝に申した挙げ句、有無言わさずに紫亭は王宮に連れて行かれた。  一人では消費しきれない程の食事に高価な木材を使って建てられた部屋。  窓には牡丹(ぼたん)の柄が彫られ、きれいな玉がはめられている。  寝台に使われた木材は何か分からないがいい香りがしていた。  毎日色とりどりの絹織物が大量に送られてくる。  こんな贅沢な暮らしを、(なか)ば強制ではあるが、させてもらっている側としては文句が言いにくい。  だが、皇帝の目的が分からない以上、どんな豪華な暮らしを与えて貰っても心許(こころもと)ないのだ。 「それはそうと目の前の問題はこの薬ね」  回想をやめて再び薬と睨めっこする紫亭。 「覚悟を決めるのよ、私」  鼻を摘んで一思いに薬を口に流し込む。  強烈な匂いと衝撃的な味は人間が容易(たやす)く口にして良いものではない事を物語る。  吐きそうになるのを抑えて紫亭は口に含んだ全ての液体を飲み込んだ。 「何回飲んでも慣れないわ……」  茶碗にはまだ薬が少し残っていた。  薬草のすりつぶしたものなので、全てが水に溶けるはずもない。  底に残ったのはそれだった。  残したまま茶碗を女官に渡すと遡北に告げ口される可能性があるので、紫亭はいつものように残り(かす)を自分の栽培している薬草の植木鉢に流す。  そして何事もなかった様に紫亭は背伸びして横になった。
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