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「うう、遡北、吐きそう……」 「後少しで着きます。もう(しばら)く辛抱してください」  遡北は紫亭の背をさすって落ち着かせる。    平らでない田舎への道に、馬車の硬い座席。  長時間揺らされた紫亭が気分悪くなるのも無理はなかった。  あの日、遡北に休めない理由を尋ねられて紫亭は咄嗟(とっさ)に故郷が恋しいと答えた。  休めない理由が遡北だとはやはり言えなかったのだ。  言えば確実に遡北の宮に住めなくなる。  紫亭としては何としてもそれを避けたかった。  それに嘘はついていない。  本当に王宮生活には慣れていないし、可能ならば一度故郷に戻りたいと紫亭は思っていたからだ。  (こころよ)く承諾してもらえたものの、およそ一週間、紫亭は部屋からも出させてもらえなかった。  体調を万全にと遡北は口を酸っぱくして紫亭に言い聞かせた。  木造の扉の外には侍女(じじょ)が二人、石像の様に左右に立ち塞がる。  絶対安静にと遡北様から(めい)を受けておりますと、脱走を試みる紫亭に対して淡々と、無表情に説明するあたりからも人間らしさを見出せなかった。  腹が減る前に豊富な食事が並べられ、お茶を欲しがる前に見慣れた茶葉から外国から入ってきたよく知らない茶葉まで卓子(たくし)に置かれた。  天気の良い日のみ、窓側で日向ぼっこをする事を許されたが、それでも風は吹いているからと綿花で作られた衣を何重にも重ねなければならなかった。  やっと外に出られ、帰郷(ききょう)できるかと思えば今度は馬車酔い。  つくづく情けないものだと紫亭はため息をついた。
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