薄花色が滲む

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──水茎の跡が滲む、滲む。君の存在していた証がぼやけて薄くなっていく。とめどなく溢れ出す雫は白く滑らかな紙面を穿つ。ぽつり、ぽつりと。 この世に生きた人間の明確な存在証明があるとすればそれは書き、描いたものだと思う。ときに焼き捨てられ、ともすれば丸め捨てられるそれは私にとってのすべてだ。君が描いた絵も、手紙も、なにひとつとして粗末にしていいものなどはない。全部ぜんぶ大切なものだ。君の存在は、変わらず私の中にある。 人は私を愚かだと笑うだろう、幼き心の抜けきれぬ愚かな人間だと嘲るだろう。だが私はそれでも構わない。水茎の跡が滲んで、雫に負け消えそうになろうとも私はその手紙を手放せなかった。 愚かだと笑え、嘲るがいい。 私はそれでも君を心から愛しているんだ。 胸を張って宣言できる。 誰よりも君の味方であると宣言できる。 長い人生のひとときでも君の傍に居たことを誇れる。 ……手紙には柔らかな筆跡で、一言だけ記されていた。 『いつもありがとう、お母さん』
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