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「引越し先はどう?」
リコが俺にそう訊ねた。
「うまくいかないな」
俺の中の何者かがそう答えた。
「君のほうはどうだい?」
俺の中の誰かが、俺の考えと関係なく、俺の口を使って話している。
「私のほうはよさそう。融合できそうよ」
「僕のほうはきつそうだな。かなり反発心が強い。今もこうして話すのに、かなりの集中力がいる状態だ」
誰だか知らないが、俺の頭の中から出ていけ……。
「出ていけ!」
暗くなりかけた公園に、俺の声が響いた。ブランコの俺とリコ以外に、この小さな公園に人はいなかった。
「あら、ほんとう。戻っちゃった。意志が強いのね」
リコと二人で公園にいたら、突然俺の頭の中に誰かが入ってきた。
こいつが……この存在が、一体何なのか、俺は一瞬で理解した。言葉ではない方法で、一瞬で俺に理解させたのだ。
元々が何なのかはよくわからない。恐らくは生命の進化とともに生まれ、生命とともに進化してきた、肉体のない意識体のようなものだ。空間を浮遊し、生命の意識に寄生するような形で入りこめる。入りこんだ生命体と共生して生き、その生命体が死ぬと分離し、また別の生命体へと移る。
こいつは人類の原初のころから、ずっと人間に入りこんで存在してきた。ちょっと触れただけでも、昭和、明治、江戸、平安、縄文など、数えきれない人間の記憶が流れこんできてクラクラする。
俺の中に入りこんでいるこの意識体は、今となりにいるリコの中に入りこんでいる意識体と、ずっと一緒にいるらしい。恋人や夫婦を探して入りこみ、その人たちの今までの記憶や意識と融合して一つになる。そして夫婦のどちらかが死ぬまで一緒に過ごす。どちらかが死ねば一緒に命を絶ち、その夫婦から離れて別のカップルを探すらしい。
この二つの意識体は、人間に入りこんで愛を体験するうちに、お互いの愛が強まっていき、離れられなくなった。強く愛で結ばれた意識体だ。だからずっと、愛し合う人間を見つけては、入りこんで生きてきたのだ。
俺に入りこんだ意識体は、融合しようと呼びかけてくる。融合しても俺の意識は残るらしい。むしろ俺の意識が中心となり、過去の人々の雄大なる記憶とともに生きることになるらしい。その雄大なる記憶の英知に、俺の心は揺らぐ。魅力的にも思える。
だが、何か違う。
ただ一点、納得がいかないところがある。
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