もしも、私がまた引越せたら

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「ばかだなぁ」  通話の切れた向こう側。もう会えない友達の顔を思うが、結局おもいだせない。  話す前に飲んだ記憶処理薬のせいだと分かってなお、マスコ、こと、真加部鈴子は彼女のことを思い出そうとした。いいや、彼だったのかもしれない。  人類は、明日から、3分の1になる。  宇宙外へ『引越し』をするという名目で、世界各地から飛び立つ宇宙船は、文字通りの『肉壁』となる。  宇宙船に乗り込んだ人間たちの脳がデバイスとして活用され、彼らは今までにない『大規模隕石防御壁』となり、地上に残った人間と地球を守り続ける。  3分の1になると決められたのは、それだけ残れば都市を維持でき、子孫が増えると試算されたから。鈴子は3分の1側になった、酪農家の娘だ。もう覚えていない、たぶん覚えていようとした友人は「ええと、誰だっけ」とにかく、鈴子は紙に線を引く。  記憶処理薬を飲みながら、彼女は別れの通話を続けていた。  すると、郵便物が届いたことを告げるメッセージが灯る。  窓を開けた鈴子の前に、配達ロボが箱を差し出した。 「……なにこれ?」  それは、本だった。紙同人誌と呼ばれる、資源が壮絶に貴重となった昨今。それでもなお、過去の手触りを求めて産み出される、貴族のお遊び。  鈴子はいつも羨ましく思っていたが、お金が足りるわけもなく、指をくわえてSNSで流れる情報だけを摂取して生きてきた。 「え、なんで?」  不思議に思いながら、鈴子は箱の中を見る。  そこには、鈴子宛、と分かる手紙と、鈴子が好きな推しキャラたちのグッズが詰まっている。
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