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冬弥はごしごしと目が腫れるほどに自分の目をこする。しかし、目の前の彼は消えることもなくただ目を細めていた。
「はるま……? ほん、とうに春真なのか……?」
そんなはず、ない。だって彼は死んだのだ。
あの、寒い冬の日に。だからきっとこれも都合のよい幻覚だろう。
冬弥は背を向け、自転車の方へと足を向けた。追いかけてきた青年がぱしっとその腕をつかむ。
「待てって! 冬弥、俺だよ春真だよ」
「そんなわけない! だって春真は死んだんだ、俺は見たし、棺に花だって入れた。誰だか知らないけどからかってるだけだってなら怒るぞ」
思わず叫んでいた。狐か幽霊かその類だろうが、春真の姿だけはかたって騙ってほしくなかった。
急に大きな声を出したせいで喉がひりひりと痛む。
しかし、目の前の彼は困ったように笑うだけだった。
「まあ、そりゃ信じらんないよな。俺だって信じられないもんな」
春真に似た彼は制服のポケットに手を入れた。
かさりと音がして。出てきたのは灰色の紙の欠片。
「さっき見てた手紙あったろ? それ貸してくれるか?」
手紙?もしかして、石段で見てたあの手紙のことだろうか。その前に、なんでこいつが手紙のことを知っているんだろうか。
「すぐ返すからさ、お願い」
その言い方が春真にあまりにも似ていて。
冬弥は渋々ながらに鞄からファイルに挟んだ手紙を取り出すと、彼へと差し出した。
血で貼り付いていたのを剥がした手紙は、若干端が欠けていた。
さんきゅ。そう言って彼は持っていた紙の欠片と、受け取った手紙を並べる。
ぴったりと寄り添うように、パズルのピースがはまるように、ちぎれた端が組み合わさった。
「ほらな? これで、信じてくれるか?」
冬弥は頷こうとして、やめる。まだ、これだけでは足りない。
つかつかと青年に歩み寄り、その顔をじっと見据える。冬弥はゆっくりと息を吸って吐くと、目の前の彼へと尋ねた。
「お前、名前は? どこの学校? 部活は何をしていた?」
冬弥の言葉に春真は困ったように笑って頭を搔いた。
まただ。
彼はこういう時、必ず頭を搔く癖があった。
「相変わらず警戒心つよいなぁ冬弥は。わかったよ。名前は芽吹春真。星蘭高校の2……いや、もう3年か? 部活は陸上部」
「……幼稚園は?俺と出会ったのは…………いつだった?」
「ああ。幼稚園は星空幼稚園。お前と出会ったのは……幼稚園の年少のときだったな。鬼ごっこを遠くから見てたお前に声をかけたのが最初だったと思う」
冬弥は目を見開く。全て、正解だった。
なら、この人は本当に……。
くらり、と景色がゆがんだ。ふっと力が抜けそうになり、冬弥は慌てて足に力を入れる。
春真、なのだろう。青年が自分の肩を抱くのを感じながら、冬弥はあの恐ろしい日のことを思い返す。
あの、凍てつくような寒い日に白装束で送り出した彼。添えられた白いチェーリップにうずまる、生気の失せた青い頬の冷たさは記憶に新しい。
涙が枯れるほどに泣いて、もう何も出なくなって。
彼がいなくなってからの毎日は、心を埋め尽くす後悔から始まる日々だった。
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