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「春真、本当に…………お前、なんだな?」
「ああ。なんか確かに冬弥の言うとおり死んだはずだったんだけどさ。気づいたらここにいてな。そしたら冬弥が参道にいるのが見えたから、たぶんこっち来るかなと思って待ってたというか……うおっ?!」
「おかえり、おかえり、春真……会いたかった」
春真は飛び込んできた幼なじみを力強く抱き寄せた。
ふわり、と柔らかい手つきでその黒い髪を撫でる。懐かしい感触だった。
猫っ毛で、くたりと柔らかい手触りは昔から変わっていない。すんすん、とすすり泣きながら胸に顔を埋めているのを見ると、思わず抱きしめてしまいそうになる。
「ただいま、冬弥」
力がこもった手をそのままに、春真はそれだけを呟いた。
冬弥の腕時計は二十三時を指している。
ああそうか、こっちの世界は時間が進むんだっけか。そろそろさすがに帰らないとか。
「もうだいぶ遅いしさ。今日のところは帰ろう。また明日でも明後日でも話そうぜ、冬弥」
「うん。でも春真、急に家に帰って大丈夫なのか? だってほら、お前って……」
「あーー。まあ、大丈夫だろ、なんかそんな気がする」
「そんな気って……」
「ま、だめだったら泊まらせてよ。冬弥の母さんが起きる前には帰るからさ」
「……わかった。じゃあその時はメッセージちょうだい」
「りょーかい。じゃ、帰るか。夜遅いし送ってくよ」
俺、今日は自転車だけど、と春真に告げればそれがどうかしたのかとばかりにきょとんとされた。
まさか走るつもりなのか、と聞けばそのつもりだけど、と返され冬弥は目を覆う。
黄泉の国から帰ってきたばかりだろうに相変わらずの体力馬鹿だ。
「なんだ、別に乗ってくれていいって」
「ばか。生き返った?ばかりなのにさすがにそんな無茶させられないよ。今日はゆっくり帰りたい気分だったし押してく」
「そうか? ならいいけど」
靴ひもを結びなおしていた春真が小走りで近寄ってきた。途端にふわ、と漂う爽やかな香り。
香水をつけているわけでもないのに、いったいどこからそんな香りがしているのか。
すん、と鼻をならすも特に出所はわからなかった。
「なあ冬弥、明日空いてる?」
「空いてるよ。どっか行くの?」
「いや? 久しぶりにお前んちでゆっくりしようかと思って」
春真は身をかがめて冬弥の顔を覗き込んだ。夜を映した栗色の瞳はいつもよりも色が深い。
真夜中だとこんな風に見えるんだ、そんな場違いな考えが冬弥の頭をよぎる。
「……やっぱだめか? せっかくだしゲームでもしようかと思ったんだけど。あ、3年だし勉強が先か?」
春真の声が聞こえて、冬弥は我に返る。いいよ、と返した声がひっくり返った。春真の顔にぱあっと降り注ぐ陽の光のような笑顔が広がる。
踏み込んだ自転車のペダルの重みと、耳に届く心地の良い、懐かしい声。
夢だったらどうしようか、ふとそんな思いが胸に広がる。ベッドに入って、目をつぶったら、全てが消えてしまうのではないだろうか。
冬弥はそっと境内を振り返る。そして、この神社におわすらしい神様へと願った。
次こそ二人で幸せな時間を過ごしたい。もう二度と、冷たくなった彼を見たくない。
だから。
明日も明後日もその次の日も、この日々が続きますように、と。
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