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「春真、後ろ来てる!」
「え、まじ? うわ、ちょ、これはきついって」
春真の操作キャラクターが敵に追われ逃げ回る。いよいよ追い詰められたその時。
ドン、と架空世界の中で銃声が響いた。冬弥が操作するキャラクターが敵を打ち抜いたのだ。
「さんきゅ、助かった」
「どうも。じゃ、前衛はよろしく」
冬弥のキャラはすいすいと撒かれたインクの中を通り、高台の上に鎮座してはあたりを見回している。かち、とスティックを倒して春真は前線へと躍り出た。入り乱れた地面の色から敵はどうやらまだ近くにいるらしい。今度はボタンを押し込むと春真の操作キャラはすう、と静かに沈んでいっった。
(よかった。なんとか間に合って。春真、ゲームだとちょっと危なっかしいんだよな)
冬弥はボタンを操作してマップを開く。今ので前線が少し戻った。これならもう少し前へ出ても大丈夫だろう。
ふいにキャラクターの声が聞こえる。声のした方を見ると、春真が手を振っていた。
「春真、横の通路来るよ! 短銃だ!」
「まじ? うおほんとだ、危ねぇ!」
春真のアバターが高台から飛び降り身を隠す。さっきいたはずなのに、とばかりに辺りを見回す敵に、冬弥は照準を合わせた。
「よっしゃ勝った! いや、久しぶりにやると難しいなこのゲーム。何回か水に落ちてやられたわ」
「でもいい動きだったよ春真。春真が敵倒してくれたおかげで俺も後衛に集中できたし」
「お、ならよかった。それにしても冬弥、やっぱお前強いな……」
「まあ……一応は最高ランクだし……。このくらいできないと恥ずかしいというか……」
ふと、冬弥が壁の時計に目を向ける。時計の針が3を指していた。
「ごめん春真。もうそろそろ行かなくちゃ。今日塾でテストあるから勉強しないと」
「そっか。じゃあまた今度だな。それじゃ俺も帰るか」
途中まで一緒に行こうぜ、という春真の言葉に頷き部屋を出る。家の扉を閉めて、外へ出ればちりちりとした熱が肌を焼いた。
通り道の近くにあったコンビニでアイスを買って2人で食べながら歩く。しゃく、しゃく、という音とともに砕ける氷の冷たさが心地いい。
「なぁ、あのさ、春真」
絞り出すような冬弥の声が耳をついた。目を右に左にとさ迷わせ、所在なさげに服の裾を握りしめている。
「ん?」
「えっと、あー、その…………」
冬弥が言いたいことは半ば分かっていた。しかし、知らないふりをして言葉の続きを待つ。
冬弥は、もじもじとしたまま、えー、だの、あー、だの声を上げている。だんだんと縮こまっていく背中に罪悪感を覚えながらも、春真は冬弥が話し出すのを待ち続けた。
「…………ごめん、やっぱなんでもない」
ぽそり。力なく呟かれたのはそんな言葉だった。冬弥は肩を落としたまま、アイスのゴミをくずかごに放り込んだ。鞄を肩にかけ直す彼を横目に、春真はなんでもない様子で立ち上がる。空はいっそ恨めしいくらいに晴れ渡っていた。
「じゃあ、俺こっちだから」
そう、軽く手を振る冬弥に春真は大きく手を振って答えた。
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