墓参り

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辿り着いたのは、神社の裏のひっそりとした空間。冬弥はぐるりと辺りを見回すと、小さな石段へと腰を下ろした。  ここは自分と春真が小さなころによく遊びに来ていた、秘密の場所だった。  去年の夏祭りで、あまりの人の多さに酔ってしまって、春真と一緒に逃げ込んだ場所でもあった。無理させてごめん。そう言って冷えたジュースを差し出した彼の、八の字に寄せられた眉。受け取ったジュースの冷たさを今でも覚えている。  元々行きたいと言い出したのは自分だったのに。春真はそれを咎めようともしなかった。彼は、そういう人間だった。  腕にかけていた袋から林檎飴を取り出しかじりつく。さっき参道の終わりに並んでいた屋台で買ったものだ。控えめな歯形がついて、ぱり、と小気味のよい音とともに程良い酸味が口の中に広がる。ぱき、ぽき、と飴の砕ける音が静かな空間に響いていた。  表の神社の明かりを受けて、そこだけがスポットライトが当てられたかのようだ。風に揺られた木の葉がさらさらと音を立てている。  冬弥は木を見上げた。生物に詳しいわけではないけど、先だけが尖ったその葉には見覚えがある。おそらく、桜の木だろう。  「桜、か……」  冬弥は呟いた。桜、春の花。またもや春真の顔が脳裏を過ぎっていく。  冬弥は手元のスマートフォンへと目を落とした。そこには、場所は異なるものの、桜の木の下でピースをしている、二人が映し出されていた。  「春真……」  冬弥は小さく呟くと、再びぼんやりと桜の木を見あげる。もし、神様というのがいるのだとしたら、もう一度彼と会わせてはくれないだろうか。  冬弥は潤んだ目をこすると、鞄の中から一枚の手紙を取り出した。彼が亡くなったとき、ポケットに入っていたものを無理を言って回収してきたものだ。うっすらと赤く染まったその紙には、自分が彼に抱いていた想いが書き連ねてある。  彼はこれを見て何を思ったのだろうか。嫌悪、失望、落胆。きっとそのどれかだろう。だけど彼は気持ちは嬉しいと言っていたのだ。もしかしてそれすらも嘘だったのだろうか。  どれだけ夢想しようとも現実は変わらないというのに。その現実は直視するにはあまりに酷く、つい空想の中へ逃げてしまいたくなる。  冬弥は目を伏せると、手紙を畳んで鞄へと戻した。いささか角のずれたそれを、クリアファイルに入れ、教科書の間に挟み込む。  本当ならここで破り捨てた方がよかったのだろう。彼に対しての思いを振り切るためにも。  しかし彼という存在を示すものがなくなってしまった今、どうしてもその気にはなれなかった。手紙には彼の血が染み込んでいる。気持ち悪いと言われようとも、この手紙は、彼がいたことの証明だったのだ。  ぱさり、と膝の上に一枚の葉が落ちてきた。ちょうどさっきまで見ていた木のものだろう。  桜の奥に見える空はすっかり夜色に染まっていた。ちょうど夏だし、流れ星でも見えないだろうか。冬弥は空を見上げた。  しかしそんな都合のよいことはあるはずもなく。そこにはただ、瞬く星が散っているだけだった。一瞬でも期待した自分を嘲るように星が瞬く。冬弥はぎゅ、と拳を握りしめた。
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