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先生が出ていくと、教室はにわかにがやがやと騒がしくなった。
春真とよく話していた、きらびやかなグループの男子が、そんなの信じられるかよ!と机を叩いている。
その隣で髪を編み込んだ女子が遠慮がちに口を開いた。
「春真くん、中庭で倒れたんじゃないかって聞いたけど……血まみれだったって用務員さん言ってたし、ほんとに病死だったのかな」
「いや、ないだろ。だって春真だぜ?俺より足速いし昨年だって皆勤賞だし、そんな倒れるようなガラじゃないだろ」
「それな。てかあたし思うんだけどさ。春真って転落死とかじゃないの?だって先生が言ってたとこ、ちょうど屋上から落ちたらぴったりじゃん。それにあいつ、よく屋上に出てたし」
「おいおい明日花、縁起でもねぇな……」
「そうだよ、だいたい屋上からって……あいつが飛び降りる理由なんてないだろ、いじめられてるわけでもないんだし……」
転落死、その言葉に冬弥は肩を揺らした。確かに春真が急に意識を失うような倒れ方をするとは思えない。
やや体の弱い自分の鞄をさりげなく取って、颯爽と駆け出す春真がそんな。おそらく、彼らのいうとおり死因は転落死だろう。
しかし、なぜ。
昨日まで、彼に変わった様子はなかった。思い当たるとすれば、自分が告白をした、ただその出来事だけだ。そして、今日は返事をしてくれるはずの日だったのだ。
――お断りの返事にショックを受ける俺を見たくなかったから、か。
憶測にすぎないが、冬弥にはそうとしか思えなかった。春真にはきっと、男を好きになるということは耐え難い事だったのだ。
しかし、俺を傷つけたり、関係を壊してしまうのは避けたいと考えたはずだ。だからきっと、優しい彼は、どうにかして丸く収めようとしたのではないか。
明るく穏やかで、光そのものの彼を殺したのは、他ならぬ自分だったのだ。
なんて馬鹿なことをしたのだろう。自分が余計なことをしたせいで、関係を失うどころか彼の存在そのものを失ってしまった。
冷静に考えれば、実は受験のことで悩んでいたり、単に足を滑らせただけ、の理由もあるはずなのだが、今の冬弥にその余裕はない。
冬弥はスマホを操作し、ひとつのアイコンを長押しすると通話アプリを削除した。
青いコントーラーを模したアイコンの、ゲーマー御用達のアプリ。
春真とは毎週のように夜中まで喋りながらゲームをしたものだった。でも、もう彼のいない今は、こんなもの、無用の長物だった。
窓の外は憎らしいほどの晴れ空だ。溶け残りの雪が光に照らされて目に眩しい。とてもそんな気分じゃないというのに。冬弥は光から逃れるように目を伏せ、自分の膝を見つめた。
しばらくしてサイレンの音が響き、白と黒に塗られた車が続々と現れる。生徒が死んだのだ、今日は事情聴取やなんやらで先生たちも大忙しだろう。
邪魔にならないうちに帰らなくては。そう思うのに、石のように固まった足は、全く言うことを聞いてはくれないのだった。
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