首都と共に帰ってくる君へ

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「――であるからして、福岡平野、筑後平野、熊本平野、八代平野を一つの九州平野として我が国始まって以来の新たな都市開発を進めるものであります」  夜十時、カップ麺の蓋を開きながらテレビをつけてみると、この一年くらい何度も見た首相演説のシーンが流れていた。一年前は何を言っているんだろうと思っていたし、世迷言として叩かれて終わりだろうと思っていた。 「全く新たな未来都市。一から都市を築くことで、最新技術と環境共生を両立した、世界に唯一無二の都市を我が国に生み出すものです」  そこで一呼吸置いた首相が顔を上げる。そこから先は暗唱できるほどに何度も聞いた。 「その暁には、新未来都市の中心に位置する熊本県を、我が国の新たな首都とします!」  首相の宣言と、ズズズっとカップ麺を啜る音が被さった。テレビの映像は地元ローカルバラエティのお馴染みのスタジオのものに切り替わっている。  演説を聞いた当時は首相は白昼に夢でも見ているのかと思った。当然、野党からは反発の声が上がったし、テレビでは不満の声をあげる街頭インタビューの模様が何度も流れた。新聞は強権政治や計画の無謀さを書き立てたし、世論の声を聞けというデモが都内のあちこちで開かれたらしい。  そのうち、首相が発言を撤回してお詫びするような展開になるのだと、あの頃は誰も思い浮かべていたと思う。 「さあ、本日は都民の皆さんに『あとぜき』の意味が分かるか聞いてみようと思います!」  熊本県が首都となった時に、熊本弁が標準語になりうるのかを検証するというコーナーだった。一見平和なコーナーだけど、一歩間違えれば喧嘩売ってるんじゃないか、これ。  とにかく、予想に反して、九州に未来都市を築いて熊本を首都にしようという計画は着々と進んでいた。今はまだ調査とか計画、設計段階の場所が多いけど、一部では新しい建物なんかができ始めている。  それでも未だに、今自分が住んでいる県が首都になるなんて信じ切れないでいる。だって、うちの県のライバルと言ったら目の上のタンコブたる福岡のはずだった。それが、福岡と合わせて一大都市圏を築き、その上、首都とやらが引っ越してくることになるなんて。  カップ麺を食べ終える頃には、インタビューの結果が出ていた。誰もわからないだろと思っていたけど、「扉などを開けた後に閉めること」という正解者が何人かいた。まあ、50人くらいに話を聞けば、何人か熊本出身者が混ざっていても不思議じゃないか。  でもそうか。熊本が首都となったら、全国から人が集まってきたりするんだろうか。  そんなとりとめのないことを考えていたら、スマホに着信が入った。「西端 汐」の表示に電話を受けると、「もしもし、紘輔?」と疲れ切った声が聞こえてきた。 「こんな時間にどうした?」  声をかけると一拍間があって、あ゛という気まずい声が発せられた。 「ごめん、今大丈夫だった? 仕事中だったりしない?」  汐の心配した声に思わず吹き出してしまう。 「町役場勤務でこの時間まで働いてたら一大事だろ」 「それはそれでズルい」 「どうすりゃいいんだよ」  何となく地元が好きで、大学を卒業してから生まれ育った町の役場に就職した。自分が周りと比べてどれくらい忙しいかはわからないけど、少なくとも汐よりは落ち着いた生活をしてるはずだ。  同じ町の出身で同級生だった汐は、大学を卒業すると町を出て、官僚として東京で働いている。小学生の時は一緒に馬鹿ばっかりした汐が、今はテレビの中の首相に近いところで働いているというのは、地元が首都になるのと同じくらい実感がなかった。 「それで、急に電話なんてどうしたんだ?」  汐とは未だに友人と呼んで差し支えない関係だと思うけど、電話がかかってくるのは珍しかった。 「それが、四月に熊本に引っ越すことになって」 「……は?」 「首都移転に向けた先遣隊として、地元の調整とかやれって」  四月というと、後三ヶ月弱。急だな、というのが第一印象だけど、それだけじゃなくて。  そういえば、汐は都市開発とかの部署にいて、首相の発言から忙しくなったとか言ってた。とはいえ、一年前にそう語っていた汐は活き活きとしていて。 「でも、汐はさ」  俺が言いたいことがわかったのか、汐はやや大げさにため息をついた。 「新しい土地で一から挑戦したくて今の仕事を選んだのに、5年で逆戻りかあ」  地元を出たくて官僚になるというのはよくわからない理屈だったけど、地元に残りたかった俺とは逆に、汐はとにかく地元から離れたかったらしい。盆と正月には帰ってきたときには軽く飲んだりするけど、東京に行ってからの汐はグッと大人になったように見えた。  東京とはそんなに凄い場所なんだろうか。熊本も首都になったらそんな場所に変わるんだろうか。 「あ、ごめん。呼び出された。とりあえずさっきのこと伝えたかっただけだから、またね」  汐が慌ただしく電話を切る。その直前、背後でザワザワと声がするのが聞こえてきた。そうかなとは思っていたけど、汐の方はまだ仕事中だったらしい。  電話を終えて、そのままフローリングに横たわる。  汐には悪いけど、汐が帰ってくると聞いて喜んでいる自分がいた。首都が来るくるということに少しだけ実感がわいて、初めて恩恵にあずかった気がした。
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