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「お手なみ拝見じゃん」
俺は通勤リュックからパソコンを出して、何列にも並ぶ長机の上に置いた。その前に座れば、隣接する応接室に背を向ける形になる。
位置関係を調整したあと、俺は待機するために隣の応接室に入る。
ガラス張りの応接室の方が使用率は格段に高いが、ガラス張りじゃ困ることもある。そんなわけだが、この部屋があってよかった。
応接室にしているスペースと、多目的ルームは廊下からだと別々のドアから入るのが常だが、内部を繋げようと思えば手動で天井までの間仕切りを開けることができる。
俺は五センチほど、スライド式の間仕切りを開けておいた。全体の壁がどこも白いからよっぽど気をつけていなければ気づかないだろう。
リュックから出したペットボトルのコーヒーを手に応接室のソファにひっくり返る。
覚悟していたけど、ビルの暖房が切れると急速に室温が下がる。もちろんダウンジャケットは着込んだままだ。
時刻は十二時になろうとしている。スマホの社内アプリを開いて確認すると、Canals社員はほぼ全員ビルから出ていた。
ナツたち海外事業部が二人残っているのは、アメリカとの会議かなんかだろう。これはフレックスタイムにして、届けを出さなければならない決まりだ。
オーストラリアは時差が少ない。
ただ海外事業部といえど、どんなに遅くても一時までには退社しなくてはならない。社員には周知の就業規則で、新人で部署の違う彼女も知っているはずだ。
役員だけは社用スマホからビルの出入管理システムを確認できるが、こんな時間にそんなものを見ているやつがいるとは思えない。
だらだらと動きがないまま一時を過ぎた。
その間、四十二階に警備員が見回りに来ることはなかった。海外事業部が全員ビルから去り、社員の滞在を示す赤いランプも全くのゼロになる。
そこからほんの三十分後のことだ。
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