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「悪い? 全部失ったんだよ、あの時。あなたに全部奪われたの! わたしの父も母も。わたしの今までの記憶も! 全部。全部ね」
月城はそこまで言うと、椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がった。パイプ椅子の脚がデスクに激突して大きな音を響かせる。
無人の四十二階じゃなかったら何事かと人が集まりそうな音だ。
失った? 両親は事故だと聞いた。でも記憶を失ったってなんだ?
月城は確か妹がいる四人家族で、ごく一般的な家庭のお嬢さんだったはずだ。
私立中学に入った俺とは小学校を最後に分かれてしまったけれど、実家のある地域は近い。
月城の家はまだ新しく綺麗で大きな注文住宅だった。
おそらく小学校五年くらいから月城のことが気になり始めた俺は、遊び帰りに住所を頼りに彼女の家を探したこともある。
暖色系のライトがリビングから漏れていて、母親らしき人の影がカーテンの向こうで動いていた。
子供――たぶん月城と妹――がふざけ合っている、幸せ家族の典型のような画だった。
再開発なんかをされていない地域だから、たぶん今でもあるんだろう。
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