◇◇村上健司◇◇ 対峙

34/52

291人が本棚に入れています
本棚に追加
/246ページ
「……もうっ。月城、これ受け取って。精密機器が入ってんだから、絶対に落とすなよ! 運動神経の問題だからな!」 「えっ……。待って」  肩から通勤リュックを外す俺が、何をしようとしているのか把握したらしい月城は、慌ててその場に自分のバッグを置いた。 「いいか? 落としたら、それは壮絶に、壊滅的に、途方もなく、人としてありえないほど運動神経が鈍い、ってことだからな?」 「えっ!」  君はそこそこ負けず嫌いなんだよ。 (あお)るとそれなりに力を発揮してくれるんだよ。 俺は自分の通勤用のリュックを、正面より少しズレた位置にいる月城に向かって投げた。 ゲートのこっちと向こう。大した距離じゃない。短い放物線を描いたそれは、十分にキャッチできるものだ。  月城は両手を伸ばして必死にそれを抱え込み、抱きしめるようにしてうずくまった。あぶねー、とアテレコされるような動作だ。 「あっぶな」 「次、行くからな」 「えっ!」  助走をつけてゲートに突進する俺を、通勤リュックを抱えてしゃがみこんだまま、月城はぽかんと見上げていた。  まだスポーツ現役でよかったよ。 俺はなんなくゲートを飛び越えた。高さより、距離がそれなりにあったところがコツがいった。
/246ページ

最初のコメントを投稿しよう!

291人が本棚に入れています
本棚に追加