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「絶対忘れもん、しそうだよな」
「頭がついていかない。トートバッグだけは……」
「それと揃いのダウン。もうあとは、そのうち取りに来ればいいよ」
「一階……」
「枝でガラスが割れてリビングが水浸し」
「そっか」
わたし達は重要書類を詰め込んだトートバッグと、お揃いのダウンジャケット、あとはバスタオルや備品を詰めこんだ袋を適当に手にし、反対側の指を固く絡めあって実家を後にした。
村上くんが、運転以外をすべて忘れたかのようにただただ車のアクセルを強く踏み込んでいる。
この大嵐の中、法定速度以上のスピードが出ているんだろう。
体に馴染んだ結構なドライビングテクニックだな、と虚ろに思う。
ハンドル操作で動くごつごつした拳がひどく官能的に見えて、胸の高鳴りが止まらない。
村上くんのマンションにつく。
彼はわたしの肩を抱いたまま、竹や熊笹で彩られた粋なエントランスを足早に向ける。
部屋は一階の突き当たりだ。
わたしを抱いている左手は離さずに、荷物を床に落とすと、ポケットを探って鍵を取り出す。
焦慮に駆られながら鍵を開けると、わたしを引っ張り込むようにして中に入る。
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