1368人が本棚に入れています
本棚に追加
一颯にはその気持ちが伝わっているから、不当な婚約だとわかっていても切り捨てることができないんじゃないのか、裏切りだと感じて辛いんじゃないか、と理解してしまった。
洋太に対して恋愛感情はない。
でも家族としての愛はまだ残っている。
卑劣なことをしていたのは品川だ。
一颯よりひとつ上だという洋太が、どこまで知っていたのかは不明だ。
俺は……一颯の気持ちよりも、自分の中に芽生えた恐怖を取り払う事を優先させた。
あいつらと同じじゃないか。
それなのに一颯は、「健司のこと、わたしの事情に巻き込んだ」と俺の心配をして泣いている。
一颯は潔癖だ。
俺は汚れている。
一颯に対して、どうしようもなく汚れている。
「健司……?」
「ごめん、待てなかった。一颯の気持ちを尊重して耐えて待つ、って大人な態度が取れなかった。だって待ったら、待ったら一颯の気持ちが変わっちゃいそうで……怖かった。マジで……ものすごく怖かったんだ、たぶん」
中学生や高校生のガキじゃないのに、もう二十六だっていうのに、俺はいったいどうなっちゃってるんだ。
俺は、もしかしたら、あいつよりずっと弱いんじゃないだろうか。
「健司。なんで泣くの?」
一颯の華奢な両手が下から伸びてきて、俺の髪の毛をそっと包む。
「……泣いてない!」
最初のコメントを投稿しよう!