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黒蛇と巫子
さて、春宮の母親……中宮さまらしいその方に便宜をはかってもらい、護衛武官たちに案内されてやって来たのは、例の黒蛇が陣取っていると言う山。
「シャアァァァァァァ――――ッ!!!」
黒蛇がずるずると地を這う音を響かせ、咆哮をあげながら近づいてくる。
「か……かわいいっ」
ついつい本音が漏れでてしまった。あぁ、はしたないかも……ごめんなさいお母さまっ。
「巫子さまにはかわいく聞こえるんすか。自分恐ろしくて脚がガクガクしてきましたが」
武官のひとりが目を見開いている。
「脚がガクガク……?自分の脚で歩けないのなら、もう一度母親の胎内に戻ったらいかが……?」
「いえ、もう後戻りなどできませぬ!!」
おや……わりと度胸があったようだ。
「しかし巫子さま!御注意ください。黒蛇は恐ろしい毒を持っていると言います!」
なら黒化型の蝮か赤楝蛇かなにかだろうか?しかし、目の前に現れた巨大な黒蛇を見て俺は目を見開いた。
大きいからこそ、黒くて分かりにくい模様も何となく見える!頭の形、そして長くしなやかな体躯、ツヤッツヤの鱗!さらには昼間でも普通に活動していることを考えれば……。
「いや、どう見ても縞蛇系烏蛇だろうが!」
はしたなくも叫んでしまった。
因みに咬むれると破傷風の心配はあれど、蝮系烏蛇や赤楝蛇系烏蛇と違って毒はない……!
「は……?はい……?しま……鴉……?」
おいおい、待て待て。この世界では蛇の研究も進んでいないと言うのか……っ!?
「我のことが分かるのか」
うん?今、頭上からひとの声が……?そして見上げれば大きな黒蛇は光ながらひとの形をとり始める。やがて光が収まれば、黒髪に黒目の青年の姿を取る。下半身は蛇体だが……。するすると蛇体を動かしこちらへ近付いてくるのに、武官たちは脅えるが、構うものか。しかも人語を介するのならば、話し合えるかもしれない。
「あの……」
「我を恐れぬ人間は久方ぶりだ」
「だって言葉を交わせるし……縞蛇系の烏蛇じゃん」
もちろん野生の烏蛇にむやみに近付くのは推奨しないし、咬まれることで起こる感染症はあれど、適切な距離に注意すれば、彼らは恐れるような蛇ではない。
まぁ、大きさは日本のものとは確実に違うが。
「ふむ……我は嬉しいぞ。むしろそなたは……」
「ん?」
「嫁にしたし」
そう言ってぎゅむーっと抱き締めてくる。うーん……嫁?この世界は普通に男の嫁がいるのだろう。中宮さまのように。
「でも、この世界は蛇と人間もありなのか?」
「もちろんぞ。かつては白蛇も人間の嫁を取っていた」
「それ神さまでは!?」
「なんと、知っているのか。きっと白蛇も喜ぶ」
「むしろアオダイショウさんたち総出で引っ越してきてくれてかまわないよ?都はネズミに超困ってるんだ」
「確かに旧鼠は生息しているようだ」
今、しれっと恐ろしいことを言わなかったか?
「まぁ、その……いいのか?俺で」
「うむ、そなたはタイプだし、我のことを分かってくれたのだ。これはまさに運命ぞ」
「俺、こんな見た目で結構辛辣だぞ?」
「そんなところもスキ」
マジかよなにこのかわいい蛇さん!是非とも旦那にしたいいぃっ!
「それじゃ、決まりだな」
「うむ」
よし。予定どおり俺は黒蛇を飼う……いや、夫にすることに成功した。
「そうだ、名前は?俺は」
「頭黒」
「そっか、頭黒。俺は伊月だよ」
「伊月、我の嫁」
そう言って俺の首に腕を巻き付けすりすりしてくれる頭黒は、やっぱりかわいいなぁ。
武官たちはびくびくしていたが、俺が頭黒をなでなでしたり、いーこいーこしてるうちに、警戒心をだいぶ解いてくれたらしい。
「あ、そう言えば。都には旧鼠が巣くっているのでは……?」
「うむ……!ネズミ捕り!ネズミ捕り!」
うちの旦那さまは俺の心配をよそに狩りの気配にテンションがアップしているようだった。
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