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カイは荷物を部屋に運び終えるとそのまま床の上に腰を下ろした。
後から入った友人の方も荷物を下ろしてそのままへたり込んだ。
「息があがってるね」カイは声をかけた。「……せめてエレベーターがあればもう少し楽だったんだろうけれど、5階を何往復もしたんだから、ま、どうしようもない」
「歳だからな、タバコを止めて何年も経ってるのになかなか戻らない」
「ビール開けたいところだけど帰りの運転があるだろうから、こっちで我慢してくれ」友人に軽口を叩きつつあらかじめ運び込んでいたコンビニ袋からコーラを一本出して渡した。
「この次の機会でいいよ」受け取りながら友人は答えた。
開けた間コーラを煽りながら友人は部屋を見渡した……ほとんど一部屋だけの狭い間取りを。
「しかし狭いなこの部屋。寝床を広げたらほとんど床が残らないんじゃないか、これじゃまるで」
言いかけて友人は言葉を止めた。カイはその目を見て怪訝に思ったがなんとなく察した。
「家賃相応の部屋だからこんなもんだよ、仕事でしばらくはここにいるけれど、次の場所にいくまでの間だからこんなものだろうな……帰って寝るところがあればそれでいい」
友人はカイを見て奇妙な表情をしてみせた。
何か言いたげな顔だが……。
「酒は駄目だろうけど晩飯をおごるよ、確か近くに」
「いや、それも次の機会でいい。このまま車で帰る……朝が早いんだ」
「そうか、今日はありがとう。おかげでこんなに早く、さくっと全部できた」
「ハハ、引越し屋でも始めるかな。ああ、風邪に気をつけてな、夜具はすぐ出せるようにしてあるんだろ」
「抜かり無く……じゃ、また連絡するよ。帰り道は気をつけてな」
友人が手を軽く上げてドアから出て行きドアが閉まった。
友人……とカイは名前を思い浮かべようとしたが思い出せない。
おいおい、いくら何でも友達の名前ぐらいは思い出せよ……
カイは自身に問いかけたが一向に思い出せない。
いや、そもそも初めから知っていないのではないか、と脳裏に浮かんだ。
馬鹿な、とドアのノブに手をかけようとしたが何も無かった……扉には取っ手がついていないのだ。
カイは振り向いて部屋を見た。
狭い部屋、運び込んだ筈の荷物がどこにもない。
突き当たりの窓、そこに取り付けられた鉄の格子。
『これじゃまるで』友人の言葉が蘇る。
「まるで」口にしてからカイは大きな悲鳴を上げた。
「二十二号、どうした」
扉の細長い覗き窓の向こうから「友人」の両眼が覗き込んできた。
刑務官の制服を着た、いつもの姿の。
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