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そして、二週間後。私は先日彼女が指差したマンションの一室に招待された。
インターホンを鳴らすと、重厚な造りのドアが開く。中から顔を覗かせたのは、背の高い筋肉質な青年だった。
「いらっしゃい」
彼は私を室内に招き入れると、廊下の突き当りに見える窓の大きな部屋へ向かった。逆三角形の背中が美しい。
その後を追いながら、私はじっくりと周囲を観察した。ぜいたくな作りだ。玄関は広く、天井は高い。デザイン性の高い照明はオーダーメイドだろう。
途中、掛けられた大きな絵画に目を向けると、「引っ越し祝いに貰ったんだ。俺にはよくわからないけど、妻は気に入ってる」と彼は笑った。
整った顔つきも、柔和な笑顔も彼女の理想そのまま。人懐っこく魅力的だ。
私は彼と、豪華な調度品に彩られた室内を見比べて息を吐いた。
よくもまぁ、これほどの優良物件を見つけたものだ。
「夫婦仲は良いの?」
「もちろん。唯一の欠点だったギャンブルを辞めたからね。人が変わったようだって、彼女はごきげんだ。仲が良すぎて、すぐにでも子供が生まれてきそうだよ」
「おめでたいことじゃない。あなたもたまには、一箇所に留まってみることにしたの?」
問いかけに、彼は応えなかった。
私の手からお土産の入った箱を取り上げ、すぐに開いて鼻を寄せる。強いシナモンのにおいがこぼれると、待ちきれないと言わんばかりにアップルパイを手で掴み、がぶりと一口噛り付いた。
「いいね。シナモンがよくきいてる」
「気に入って貰えてよかった。それで?」
返事を促すと、すっかり子供の顔になった彼はそのまま無邪気に微笑んだ。
「古くなったらこの体は捨てるさ。当然だろ。
ま、次は自分の子供に乗り換えるのも悪くない。遺産がたっぷり入ってくることはわかりきってるからな」
「ブレないな、この引っ越し魔は」
新しい棲み家の中で、彼は二切れ目のアップルパイを口に放り込んだ。
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