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紙切れに手を伸ばす。ボールペンで書かれた字は、どことなくぎこちない。
「――――――」
私はあえて、それを口に出して読んでみた。ふふと笑いが零れる。
実際には昨日なんだけどな。そう口にしてみようとも思ったけど、それは止めておいてあげた。親子だからといって、からかい過ぎはよろしくない。
息子は今、私を物影から見つめている。
見てみたいのは山々だけど、あえて振り向かない。目を逸らされるのは明白だ。だから、実際に影から覗く息子を目にしたわけではない。
それでも私には分かるのだ。母親だから何もかもお見通しだなんて、そんな夢のような理由ではない。
その証拠に、鮮明に浮かび上がってきた。
懐かしくもこそばゆい、あの朝の光景が。
『……花奈?』
キッチンに立つ母が振り返った瞬間、私は慌てて身を隠してしまった。
母はあえてなのか、何事もなかったかのように視線をキッチンへと戻した。隠れてしまったので顔を見ることはできなかったが、多分、笑っていたと思う。
キッチンには、二つの弁当が並んでいた。
そして母の手元には、一枚の紙切れ。
紙切れにはボールペンで、こう書かれていた。
【母の日だから】
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